
「まさか私が?」最初は出版依頼が信じられなかった
2011年4月発売となった宮澤奈々さんの処女作『おいしく見せる 盛り付けの基本』(池田書店)には、タイトルにこそ“おもてなし”の文字はなかったものの、翌年に発売になった『シンプルなおもてなし』(小学館)と『喜ばれるおもてなし和食』(池田書店)、そして2014年の『アミューズでおもてなし』(池田書店)のいずれにも、ゲストをもてなすための細やかな気配りとアイディアがあふれています。
今や「おもてなし」は世界にも通用する日本の良さとして定着した感がありますが、それらを料理本に落とし込んだ宮澤さんは、どのような観点で着手していったのでしょうか。
現在、宮澤さんは、新聞や女性誌といったさまざまなメディアに関わるほか、百貨店や企業とのコラボ、器のプロデュースなど、料理教室の先生という枠を越え、料理だけでなく、器選びから盛り付けのセンス、テーブルコーディネートなど食周りのすべてに才能を発揮。そのセンスは上質な暮らしを心がける人々から圧倒的な支持を受けています。
しかし、宮澤さんご本人は決して自分から前へ前へと出るタイプではありません。フランス料理やイタリア料理、カリフォルニアキュイジーヌを学んでレストランの厨房でも修行し、また懐石料理にも精通したプロ顔負けの腕を持つ宮澤さんですが、本を出版する前は自宅で料理教室を開催することが本業でした。もちろん自分のお店を持つような野心はなく、「好きな料理を好きな時に自由に作りたい」と、自分の城である自宅キッチンで料理の世界に没頭していました。
料理本デビューのきっかけは、意外なところから始まりました。
「宮澤さんのような人がまったく世に出ていないのはもったいない」と考えた料理教室のアシスタントさんが、多くのメディア関係者とつながりを持つ方を紹介してくれたのだと言います。周りのアドバイスに従って自宅で開催した食事会が後々、料理研究家としての活動をさらに広げることになる重要な機会となったのですが、実はその食事会とほぼ同時期に、宮澤さんが毎日更新していた料理ブログを見たという一人の編集者から、出版を打診するメールが届いていました。
「料理教室の生徒さんから誘われてカメラ教室に通いはじめたのをきっかけに2009年からブログを始めました。撮影の練習を兼ねていましたので、最初は毎日の我が家の食卓風景や料理教室のことなどを写真に撮ってアップしていました。文章は苦手なので、ほとんど写真だけでしたが、始めてから1年ぐらい経った時に、突然、池田書店の編集の方からメールが入りまして。『おもてなしのための盛り付けをテーマに本を出しませんか』という内容でした。でも、私に声がかかるわけはないと思い何かの広告なのかな、と返事もしなかったのです(笑)」。
ところがメールは1度ならず、2度、3度と届きました。著書を持つ料理仲間の友人にメールのことを話したところ、池田書店にその編集者が在籍していることがわかりました。「それなら一度お会いしてみようと、4度目にメールをいただいた時に初めて返信しました」
会うと決めたものの、宮澤さんはまだ半信半疑だったと言います。
「出版と言いながら広告の話ではないかと疑っていたんです(笑)」。
もちろんそんな怪しい話ではなく、盛り付けの基本を教えてくれる著者を探していたこと、盛り付けは和洋中のいずれにも対応できる人で、ごく普通のおかずで、例えば煮魚を華やかなおもてなし用に盛り付けする際に気をつけるポイントや器選び、合わせる小物やクロスなどテーブルコーディネートまで写し込んだ写真で構成する教科書のような本にしたい、というオーダーでした。
料理それぞれにはレシピも必要ですし、使う食器やクロス類はできるだけ宮澤さんの自宅で使っているものを、という指定ですから、これが初めての著書となる“新人”にとっては、非常に高いハードルであることは間違いありません。しかし宮澤さん、「務まるかどうか非常に不安」に思いながらも、「料理が好きで好きで、一心に修行してきたものを形として残せるなら」と、本作りに挑戦することにしました。2010年暮れのことです。