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シンプルなレシピほど難しいものはない

インタビュー
2019年05月8日
本の出版、雑誌やWEBなどのメディア、企業へのレシピ提供、テレビ・ラジオ出演など幅広く活動する森崎繭香さん。現在では、人と犬のために体にやさしいおやつの製造と販売をする「one’s daily」のオーナーという顔も加わり、多彩な活動が注目されている料理家です。森崎さんの1冊目『おかず蒸しパンと蒸しケーキのおやつ』の出版は2005年から書き続けていたブログが発端でしたが、いつか仕事に、出版に結びつくようにと考えながら更新していたのが実を結んだと言えそうです。「本で伝えられること、伝えたいことがある限り、本の仕事は続けていきたい」と語る意欲的な森崎さんに、最初の本作りについて詳しく伺いました。

資格や厨房経験はあっても実績なし。ひたすらブログを更新する日々

料理教室講師やパティシエ、フレンチやイタリアンレストランの厨房で経験を積みつつ、料理の仕事をしていきたい、いつかは本を出したいと願いながら日々の料理をブログに書いていたという森崎さん。ブログ開始は2005年と比較的早い時期で、紹介する料理は特にジャンルを定めず、「今日はこんなものを作りました」という気軽な感じでアップしていたとのこと。それを知った知り合いがまず、女性向けのカーライフWebサイトでの連載の仕事を紹介してくれました。
「画像とレシピを提供する仕事だったので、ブログの延長のような気持ちで気軽に更新を続けていたんです。そんなある日、そのサイトにアップした蒸しパンのレシピに目を留めてくれた編集プロダクションの編集者さんからメールで連絡をいただきました」。
聞けば、辰巳出版から蒸しパンをテーマにした料理本の出版が決まっていて著者を探しており、カーライフサイトにあったレシピから森崎さんの過去のブログを遡り、森崎さんが蒸しパンレシピをいくつかアップしていたこと、おやつなどのスイーツ類に限らず料理のレシピも多いこと、専門学校で調理師や製菓衛生師といった資格を取得していることから、「いろいろなレシピを作れるんじゃないかと思ってくださったみたいです」と森崎さん。
当時の森崎さんは自宅で料理教室を開きながら、レシピブログなどで行われていたレシピコンテストに応募していました。採用レシピが印刷物になって店頭に置かれたこともありましたが、実績と言えるものはほとんどありません。しかし、せっかくのチャンスです。どうしても本が出したい一心で打ち合わせの場には蒸しパンを持参。
「私を見つけてくださったレシピだけでなく、他のおやつ系やおかず系を取り混ぜた試作品を持参しました」。
それが功を奏し、その日のうちに編集者さんが蒸しパンを出版社へ持参してくれて、ほどなく著者としての抜擢が決まりました。2010年の4月のことです。
決定の連絡がきた時には「信じられない、私で本当に務まる?」としか思えなかったと言いますが、まずは7月の撮影に向けて試作とレシピ作りをスタート。「とにかく作って作って、試作しまくった」という日々を送ります。なにしろ基本の生地は2種類と決まっており、スイーツ系の甘いものとおかず系のもの、合計58ものレシピを提案しなくてはなりません。
「甘いもののアイディアはいくらでも出せました。蒸しパンになった時の味を想像しやすいから。おかず系のほうがとても苦労して作った覚えがあります」。
本の中で思い出深いレシピは、唐揚げとタルタルソースの蒸しパンでした。
「担当してくださった編集者さんが私と年齢が近い女性で、料理本の担当になって間もない方だったということもあって、本作りはまったくのど素人だった私も編集さんには素直になんでも相談できただけでなく、何かとフォローしてくださって。この出会いはラッキーだったと思います」
じっくり向き合って仕事をこなしたこの編集者とは、のちに別の本作りをすることになります。

 
はじめて臨む本の撮影期間は、予定では4日間でした。カメラマンをはじめ、スタイリスト、担当編集、そして辰巳出版の担当者といったチームメンバーに温かくフォローしてもらい、「ていねいに教えていただいた」結果、3日間で終了します。何日もほぼ徹夜状態で仕込みをし、準備をし尽くして撮影当日を迎えた森崎さんでしたが、
「今から思うと、段取りも何もわからなくて、蒸しパンをいっぱい並べて撮ったかわいい画像が裏表紙になって出てきて驚いたり、表紙の画像も背景を変えて何枚も撮っていて、それがどういうことなのかがわからなくて(笑)。私は著者なんですが、本当にあの場ではただの作る人で、『この蒸しパン、取り置いておいてね』とか『これをもう一度作ってください』という指示に従ってただひたすら動いていただけでした」
撮影の後も改めてレシピを提出し直して校正し、レイアウトが上がってきてまた校正して色校が出て……と、その後も続く多くの制作工程を経て、やっと1冊の本になって手元に届いた時には「ただただ感激しかなかったです。こうなったのかぁって(笑)」とふんわり笑います。

森崎さんの手元には、編集者に提出するために作った資料として、レシピ案を整理したエクセル表が今も残されています。これは、味かぶりや素材かぶり、色かぶりがないようバランスよくアイディア出しをするためのものでしたが、この資料をもとに本の構成を考える編集者が作業を進めやすいようにと考えて作られたものでもありました。表をよく見てみると、おやつ蒸しパンならフルーツ系、チョコ系、和風系のようにカテゴリーに分けられ、さらに色鉛筆で手描きしたイラストが添えられています。掲載レシピが決定した後は、イラスト部分を画像に差し替えて再度提出したそうです。
「編集さんとのやり取りでは、とにかく返事は早く、納期より1日でも早く戻すようにするといった、仕事としての基本的な部分は常に心がけていました。また、レシピ案は多くの中から選んでいただけるよう、先方の希望より多めに提出していました。この時のやり方は今でも続けていますね。レシピ案の整理表は必ず作るものです。さすがに手描きイラストではなくなりましたが(笑)。どんな仕事でもそうですが、私の作業の後には何人もの人がさらに関わっていることがわかっていますので、次にボールを受け取る人が少しでも長く作業時間を確保できるよう、私の手元でできる工夫はできるだけして手渡すようにしています」
味やレシピといった料理家としての部分だけでなく、一緒に働く人のことを考えた、いわば“社会人としての当たり前”を忘れずに心配りをした姿勢も、評価されたといえそうです。1冊目を共にやり遂げた編集者が「また一緒に本作りを」と申し出てくれたのにも、納得です。

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撮影/山下みどり 取材・文/綛谷久美

プロフィール
森崎繭香さん
フードコーディネーター/お菓子・料理研究家。料理教室講師、パティシエを経て、フレンチ、イタリアンの厨房で経験を積み、独立。レシピ本の出版を中心に、雑誌や WEB へのレシピ提供、テレビ・ラジオ出演など幅広く活動中。カフェやレストランでの経験を基にした、身近な材料を使い家庭でも作りやすく工夫したレシピが支持されています。ヒトとワンコが毎日いっしょに食べられる無添加おやつとごはんのお店one’s daily(ワンズデイリー)を運営中。調理師、製菓衛生師、食育インストラクター、フードコーディネーター1級(日本フードコーディネーター協会認定)。
 
はじめての著書
『おかず蒸しパンと蒸しケーキのおやつ』
2010年11月19日
辰巳出版
AB判、平綴じ、96ページ