料理家 高橋雅子さん【私の駆け出し時代】

予約がとれないと評判のパン教室を主宰し、パン好きに支持される東京・代々木八幡のベーグル専門店「テコナ ベーグルワークス」のオーナーでもある料理家の高橋雅子さん。今月はそんな高橋さんに、全国区の人気料理教室を作る秘訣を聞きました。

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2018年09月13日

軽い気持ちで始めたパン作りがライフワークに

大学卒業後の習い事が製パンとの出合い。高橋雅子さんが大学を卒業した90年代は、家庭でパンを作るのはまだ一般的ではありませんでした。

「母が料理を教えていて、父もかなりのグルメ。だから私も食べ物に興味がありました。でも、母と同じ料理の道には進みたくなくて、それならパンかお菓子かなとパン教室に体験入学をし、パンが焼けるって、かっこいいなぁとそれで決めました(笑)。当時はお菓子よりもパン教室の方が少なかったんです」

大手料理教室の製パンコースで基礎から学び、2年後には師範を取得。その後、通っていたスクールでアシスタントに。順調に製パンの知識とキャリアを積み、次は自らも講師になるというタイミングで、当時の日本では主流だったふわっとやわらかいパンではなく、バゲットやカンパーニュなどのハード系パンが作りたいと、東京・代官山「ル・コルドン・ブルー東京校」に入学。フランスの食文化に触れるうちにワインへの興味がわき、ワインも学び始めて日本ソムリエ協会・ワインアドバイザーの資格も取得します。結婚したのもその頃でした。

「初めてレッスンしたのは、パンではなくワイン。定年後に時間を持て余しているという義理の母の友人たちにワインを教えるように頼まれ、教え始めたらこれがなかなかおもしろくて。自分には教えるという仕事は向いているのかもって気づきました」

こんな教室があったらいいなを形に

こうしてワイン教室を始めますが、2~3年後に息子さんを妊娠し、アルコールが飲めなくなったことからやむなく教室は休止に。出産後、パン教室として再スタートを切ることになります。パンに限らず、料理やワインなどにも携わっていたため、『わいんのある12ヶ月』という教室名をそのまま採用。今度は知人に教えるのではなく、本格的なパン教室として広く生徒を募集し始めます。

「どうやって生徒を集めようかと思ったとき、自分が行きたいのはどういう教室だろうって考えました。それは駅前でビラを配ったり、ポストにチラシが入っていたりする教室ではなくて、みんなが行きたいけれど生徒がいっぱいで入れない教室。そんな風に思われる料理教室だったらどんなことをするだろう?という基準で、自分の教室作りを進めていきました」

ご実家では事業を営んでいて、お父さまから仕事の話を聞いて育ったという高橋さんにとって、ビジネスは遠い世界のものではなかったようです。

「良くしていくためのアイデアを出すのが大好きなんです。たとえば、レッスン後の試食でパンのほかに料理もお出しして、ランチをとっていただいたのも自分が行きたい教室だったらと考えたことのひとつ。今では多くのパン教室でそうしていると思いますが、その頃はそれが珍しかった。自分が行きたい教室はみんなが行きたい教室のはずですし、周りの10人の意見を聞くのではなく、まずは自分の考えを明確にするのがブレないコツだと思います」

こうして、高橋さんのパン教室は当時全盛だったブログなどを通じて爆発的の評判となり、全国から生徒が通う日本一予約がとれないパン教室に。今ではなんと香港からもレギュラーレッスンに通っている生徒がいるほど、正真正銘の人気パン教室になっています。

ピンチが生んだ、長く愛される初のレシピ本

「自家製酵母」と「少しのイーストで長時間発酵」をテーマにしたレッスンを行い、順調に軌道にのったパン教室ですが、予期せぬ出来事が起こります。それは、高橋さんの自家製酵母のレシピでパン教室を始める生徒の存在。高橋さんがそのレシピは使わないで欲しいとお願いをしても、なかなか聞き入れてもらえない。

あるとき、友人との旅行先で、人気が全国区になったご当地名物の調味料を購入した高橋さん。その後に訪れた別の食料品店でそれとよく似た商品を見つけ、「あそこの調味料に似てない?」と話していたら、店主から「うちが先に作ったんだ!」と指摘され、ハッとします。

「真相はわからないけれど、もしかしたらご主人の言う通りなのかもしれない。真似をした方が有名になって、そちらが売れてしまうってことはあるうるのかもって。それと同じで、もしも私のレシピで教室をしている人の方が先に出版社の目に留まり、そのレシピ本が出版されたとしたら、その人のレシピとして世の中に定着してしまうでしょう。そうなる前に、自分のレシピとして世の中に出したい、レシピ本を出したいと思うようになりました」

思い立ったら即行動の高橋さん。教室を始めたときと同じように、レシピ本はどうやったら出せるんだろう?とリサーチを開始します。

まずは書店に足を運び、自家製酵母パンのレシピ本に興味を持ってもらえそうな出版社をピックアップ。そして、人生初の企画書作りをしました。右も左もわからないながらもなんとか形にして、広告代理店勤務の知人に見せてアドバイスをもらいました。

「出版社に提出する企画書と併せて、自分が作りたい本をイメージした小冊子を作りました。一般の人が使うのは珍しかった一眼レフカメラを買い、小さな息子を原っぱに連れて行って、パンパクッと食べている写真を撮ったりして(笑)。できた資料を5社に送ったらそのうち3社から連絡が来て、一番早く出版が決まったパルコ出版にお世話になることにしました。この編集さんとの出会いは大きかったですね」

教室を始めるときに自分が行きたい教室を思い描いたように、初めての本作りでも自分が読みたい本は何かを徹底的に考え抜いたという高橋さん。それまでの自家製酵母の本のように、難しかったりややこしかったりするのを一切排除して、わかりやすいレシピ本を目指します。

「毎日ご飯を炊くように家庭でもパン作りをしてほしくて、“気軽に” “手軽に”作れることを最優先にしました。より簡単にする、手順を減らす、洗い物を減らす、分量をキリのいい数字にする。お手本にしたのは学生が使う参考書で、説明は簡潔にして、写真でポイントをわかりやすく見せるようにしました」

こうして、2006年4月に初の著書『「自家製酵母」のパン教室―こんなに簡単だったんだ!マイペースで楽しく続けられる』(パルコ出版)を出版。発売から10年以上が経過した今も増刷されるロングセラーとなっています。

プロの味を家庭で再現

2冊目に手掛けた『少しのイーストでゆっくり発酵パン』(パルコ出版/2007年1月発売)も家庭でパン作りをする人にとってはバイブル的な存在。専門店では昔から行われていた低温長時間発酵を、家庭製パンに初めて採用した高橋さんによる指南書です。

「私がパン教室を始めたころは、今のようにパン屋が主催する講習会などはありませんでした。だから、すごくおいしいなと思うパン屋があると、赤ちゃんだった息子を連れて毎日のようにパン屋に通い、作り方を教えてもらっていました。でも、粉の量は多いし、イーストはものすごく少ないので、家では同じ作り方はできません。そこで試行錯誤のうえ、考案したのが冷蔵庫での低温長時間発酵なんです」

イーストを減らすと発酵に時間がかかりますが、イースト特有のにおいは軽減。作りやすさとおいしさのベストバランスを追求したこのレシピは多くの人の支持を集め、家庭製パンではすっかり定着した技法となっています。

「私のレシピの原点は、好きなシェフのパンを再現すること。パティスリー・ペルティエにいらしたシニフィアン シニフィエの志賀(勝栄)シェフのパンが好きで好きで、それを真似したくて、どうしたら家で作れるのかなっていうところから自分のレシピを作り始めました。だから、自分で創作したいというよりも、この前行ったパン屋のあのレシピを作ってみたいっていうのがいつも私の中にはあります。好きなシェフのパンの変換レシピの本を出したのもその一環で、今後も変換レシピの本は作っていきたいですね」

自ら動いてチャンスをつかむ

パン教室の先生の中では、とりわけ華々しい活躍をしているように見える高橋さん。数々の有名シェフやメディア関係者とのつながりは、どのように作っているのでしょうか?

「私、好きな人には自分からどんどんアプローチします。たとえば一度会った後、“じゃあまた今度ね” “次の機会にね”って言って、結局会わないことってよくあるでしょ? 私は知り合ったらがんがん話を進めます。愛用していたバーミキュラを使った『「バーミキュラ」でパンを焼く』(パルコ出版/2016年9月発売)も、雑誌「エル・ア・ターブル」(現「エル・グルメ」)主催のクリスマスパーティでバーミキュラの社長と初めてお会いして、『バーミキュラを使ったパンのレシピ本を出しましょうよ。絶対売れますから!』って話したのがきっかけです。すぐに仲の良いパルコ出版の編集者さんに相談をしたら最短で企画を通してくれて、あらためてバーミキュラの広報さんに『出版が決まりました!』と伝えたら、あまりにも話が早く進んですぐには信じてもらえなかったくらい(笑)。“そのうち”じゃなくて、すぐ動くの。一回得た縁は寝かせません」

本の企画は、ほぼ自分から提案しているという高橋さん。著書が売れている実績があるからこそ企画が通るという面ももちろんありますが、提案しないことには何も始まりません。

「書籍の出版のほか、雑誌のお仕事をしたり、イベントに出たり。絶えずいろいろなことをしているから、料理家という仕事に飽きることはありません。古いことを大切にしながら新しいことにもチャレンジしたいけど、がつがつ行きたいわけでもない。常に変化している姿を見せて、生徒さんを飽きさせないようにしたいという想いもあります」

高橋さんがパンに関する活動を精力的に続けてきたのには、もうひとつ大きな理由があります。それは、ある雑誌で志賀シェフにインタビューしたときに掛けられたある言葉。

「『僕はパン屋として盛り立てていくから、君はパン教室の方からパンを盛り立ててくれ』って言われて。その使命感がずっとあります。アシスタントがパン教室を開いたときに、私のブログで宣伝をしたら、彼女に『なぜ他人の教室の宣伝をしてくれるんですか?』って言われたことがあったんですけど、私一人でがんばるよりも、みんなで一緒にやった方がパン教室が盛り上がりますから」

何よりも大切な生徒とのつながり

パン以外にも料理のレシピ本も数々手掛けるなど、活躍の場を広げる高橋さんですが、主軸はパン教室にあり、なによりも大切なのは生徒の存在だと断言します。

「教室を始めたころに決めたルールが、“来た生徒さん全員と、必ずその人としかわからない話をする”ということ。『私はあなたのこともちゃんと見ていますよ』ってことを伝えたくて、“試験を受けるって言っていたけど、どうだった?”とか“この前の旅行はどうだった?”とか“お母さんは元気?”とか。最初の頃はパンの出来よりもこのことばかり考えていましたし、そのことよりも努力していることはないくらいかも(笑)」

高橋さんの教室の予約がとれないのは、一度受講した生徒のほとんどがリピーターになるから。いつも生徒に真剣に向き合い、どういたら生徒に喜ばれるかを第一に考えています。

「自宅教室は誰でも始められますし、外で働くよりも簡単だと思っている人が多いですが、同じ対価をお支払いいただいているから外で働くのと同じ。わざわざ足を運んでもらって、お金をもらうってすごいこと。生徒さんはお客さまで、レッスンは仕事なんだっていう自覚を持つのはとても大切なことだと思いますよ」

撮影/大木慎太郎 取材・文/江原裕子

高橋雅子
神奈川県生まれ。大学卒業後、大手パン教室に通い、さらにル・コルドン・ブルーで製パンを学ぶ。日本ソムリエ協会ワインアドバイザーの資格を取得し、1999年よりパンとワインの教室「わいんのある12ヶ月」を主宰。2009年、東京・代々木八幡にベーグル専門店「テコナ ベーグル ワークス」をオープン。近著に『ストックデリで簡単! パン弁』(パルコ出版)『「ブラフベーカリー」のパンをおうちで焼く』(文化出版局/共著)『冷凍生地で焼きたてパン』(地球丸)などがある。

料理にパン作りにと、日頃から出番の多いバーミキュラの鍋。素材の味を引き出す無水調理が得意な鋳物ホーロー鍋として知られていたこの鍋を、パン作りの型として利用する『「バーミキュラ」でパンを焼く』(パルコ出版)を2016年に出版。気密性の高さと熱伝導の良さをパン生地の発酵や焼成などに活かし、家庭でより簡単にプロのような仕上がりのパンが作れる方法を公開して話題に。


おいしさと作りやすさを両立させるために、何度も試作を重ねて作り上げるレシピ。「パン屋さんの500万円くらいするオーブンに対して、家庭のオーブンは5万円くらい。それを使って素人はパンを焼くわけですから、いろいろな工夫をしなければなりません。あるシェフには、『家庭用オーブンでこんなパンが焼けるんだから、パン屋のシェフよりすごいよ』って言ってもらいました」


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