「本を出しませんか?!」ツイッターで受けた連絡に困惑
山脇さんの実家は長崎の観光旅館。旬や走りの食材や季節ごとのしつらいに囲まれて育ちました。板前さんの仕事を間近に見て、プロの料理をいつでも食べられる特別な環境でもありました。子どもの頃から板前仕事や厨房で働く人たちを見るのが好きで、かっこいい!料理人になりたい!と憧れていたそうです。しかし、当時は圧倒的に男子の仕事。ないない、と誰からも相手にもされなかったそうです。
大学卒業後、別の仕事に就きましたが、料理はずっとそばにあって、自宅に人を招いたり、イタリアやタイで単発の料理クラスに行ったりしていたそうです。また世界中を食べ歩く旅も。
その中で、食べるのが一番苦手だったのがフレンチで、だからこそちゃんと学びたいと、「アランデュカス」+「tsuji(ADF)」に通います。その後、夫の留学に同行して暮らしたニューヨークでは現地の料理学校にも通い、やはり、人生1回だから、いつか料理を仕事にしたい、挑戦したいと改めて強く思うようになったそうです。
そんなある日、山脇さんのブログに目を止めたあるライターさんから、「あなたの料理、本を出せるかもしれない」とツイッター経由で連絡を受けます。ちょうどニューヨークから帰国し、それまでの仕事を辞めて料理の仕事への挑戦を決意、代官山の「リコズキッチン」開設に向けて動いていた時期でした。
しかし、そんなことを言われても、2010年当時はまだツイッターが日本で広がりはじめたばかり。ツイッターでのやりとりで、そんな話をはじめていいのかどうか? 困惑しながらも対応したそうです。結果、この時のツイッターが、その後山脇さんが「尊敬してやまない」という講談社の女性編集者との出会いを生んでくれたのでした。彼女は入社以来20年近く生活文化分野一筋で、なかでも料理本においては、巨匠と呼ばれるような料理家を担当し続けてきたベテラン。その彼女が山脇さんのブログを読み、食への取り組み方や経歴を知った上で、「山脇さんの料理を食べてみたい」というリクエストを先のライターさん経由で伝えてきたのでした。
「はじめてお目にかかる方をおもてなしする、しかも、料理本の編集者さん、ものすごく緊張しました。でも、食べてもらわないと始まらない、レストランなんて毎日はじめてのお客様をもてなしている、と思って、悩みに悩んでメニューを組み立て、お越しいただきました」
その後、2ヶ月近くして、山脇さんとしては、もう出版の話はなくなったのかと思っていたところ、彼女から『本が出せることになりました』と書かれたメールがやってきたのだそうです。
料理を仕事にすると決めてから、いつかは本を出したいと思っていたそうですが、そのためにどうすればいいのかまったくわからずにいた山脇さん。出版のチャンスは思いがけないところで生まれました。
本のテーマも山脇さんのところでの食事会で編集者が受けた印象から、「おもてなし」に決定。ビジュアルが印象的な前菜や豪華に見えるメイン、つくりおきの素や普段のおかずを使った一品など、山脇さんがいつもやっている、きばらない、シンプルな料理、旬の食材と基本の調味料だけで作る料理と、がんばりすぎないテーブルスタイリングを紹介することになりました。
「誰も見たことがない本」づくりを目指して
こうして処女作の出版は動きはじめました。山脇さんと編集者が目指したのは、出版が決まった2010年当時に流行っていた世の中のブログ本とは一線を画すものでした。
「そもそも、私はまったく人気ブロガーではなく、たまたま彼女が見てくれただけなんです」
山脇さんのブログは、逆に当時の、カンタンレシピとは真逆で、ややめんどくさいこと、ひと手間かかることをやろうよ、という内容。子供の頃から身近だった、昆布とかつおで引くだしのことや、梅干しをつけたり、味噌をつくったり。その昔ながらの仕事に、海外で食べたりつくったりした経験がプラスされて、ちょっと洒落た料理になる。そこをおもしろがってくれた編集者は最初から『流行りのブログ本にはしたくない』という考え方だったそうです。
「彼女からは、既視感のない本をつくりたい、と言われたのがすごく印象的でした。いま、すでに流行っているような本ではなく、新しい価値観を提案してほしい、と。そのときはただ、そうだよね、と思っていたのですが、その後、いくつかの本を出してみて、今振り返ると、なかなか大胆で、とても難しいことだと感じます」
一見、ポップな本に見えるのに、じつは市販のだしなどは使わず、食材から旨味を引き出すことにこだわり、そのための食材の組み合わせ方や、食材からの味の引き出し方がいろいろ紹介されている、『もてなしごはんのネタ帖』。
開いてみると、そこかしこに“リコズワールド”が見つかります。ぴしっとアイロンのかかったテーブルクロスではなく、旅先で買ってきたヴィンテージのシワのよった布だったり、英字新聞を敷いてみたり、庭に咲いている花で季節感を添えるといったアイディアは今も目を引きます。
「講談社の料理本では初!?」という、ほぼ無地の表紙。しかも、濃いピンクが目をひくデザインになったのも、「誰も見たことがない本を作りたい」と言う彼女ががんばって社内を通したもの。後に山脇さんは何冊もの著書の制作過程で、大変なことだっただろうな、と想像できるようになったと言います。
そんな編集者との二人三脚の末に2011年8月に発売になった『もてなしごはんのネタ帖』はたちまち評判に。現在まで版を重ねているだけでなく、『Banzai Banquets』というタイトルで英語に翻訳され、英語圏でも販売されています(※日本のアマゾンでも購入可能)。
「2冊目も彼女の元で出させてもらったのですが、この2冊を作る中で彼女から、たくさんのことを教えてもらいました。今も迷った時に、彼女の言葉を思い出すんです。料理の仕事でいろんなことを判断する“ものさし”になっています。最初の本の担当者が彼女じゃなかったら、まったく違う展開になっていたとさえ思っていて、絶対に足を向けては寝られない(笑)」
その2冊目は山脇さんにとっては、子供の頃から身近にあった、だし。
「日本のだしは世界でも有数の簡単さなのに、あまり家庭でひく人がいない、と気づいたんです。うちは変わった環境だったんだな、と。そこで、顆粒だしとかではなく、本当の美味しさを知ってほしいと思って、教室を始めた時から、だしの教室をやっています。それをそのまま本にしましょう、と言ってくださいました」
自分でひいたおいしいだしがあれば、使う調味料の種類や量が減る、料理がシンプルになり手間も減る、しみじみおいしい、山脇さんが2019年の今も変わらず伝え続けていることでもあります。
その後、2013年10月に出した『ノンオイル&10分でできる昆布レシピ95』(JTBパブリッシング)は、グルマン世界料理本大賞でグランプリを獲得。また、山脇さんのだし教室に参加した別の社の編集者からオファーを受けて続けて2冊を出版、その内の1冊はコンビニエンスストアからのオファーで再編集版を作るという経験もしました。