特集記事

料理家・作家 樋口直哉さん

インタビュー
2020年10月20日
料理人をはじめ、料理にまつわるスタイリストやフードコーディネーター、カメラマンなど、食を支えるクリエイターのインタビューをお届けする連載。料理への向き合い方、仕事観、読者のスキルアップのためのノウハウなど、食を支え、未来を描こうとする様々な職種の方々の料理に対する考えや思いを伺います。

料理家であり、2005年に小説『さよなら アメリカ』で第48回群像新人文学賞を受賞した作家でもある樋口直哉さんは、雑誌やwebメディアでレシピを寄稿する傍ら、webプラットフォーム「note」でオリジナルレシピや最新の調理テクニックを投稿しています。フォロワー数は5万1000人、料理家・料理研究家のなかでも上位のフォロワー数を誇ります。

さらにnoteの姉妹サイト「cakes」では「食の博識」として「『おいしい』をつくる料理の新常識」を連載中。料理の作り方だけでなく、なぜその工程をするのか、そこにどのような意味があるのかまで深く考察しています。「料理も小説も、構造でできている」という樋口さんに、自己メディアの作り方について聞きました。

原理原則を知ることで料理は進化する

料理人に憧れて服部栄養専門学校を卒業した樋口さんは、レストランなどで働いた後、24歳の若さでシェフとして店を出しました。憧れだった一国一城の主。しかし、いざやってみると、やりたかった料理ができずに悶々とする日々を送っていました。

「飲食店経営の本では、商圏の人口や店舗前通行量、人口動態などからある程度の売り上げが計算できると書いてあります。やってみるとセオリー通りの部分もあり、続けていけそうな気もしました。ただ、自分の好きな料理を作りたくて店を出したのに、実際に売れるのはパスタばかり。それは、自分にとってハッピーなことではなかったんです」

そんな現実でたまっていくフラストレーションを解消するために、読むのが好きだった小説を自分で書き始めます。すると、『砂の女』などで知られる作家・安倍公房へのオマージュとして書いた『さよなら アメリカ』が第48回群像新人文学賞を受賞し、小説家デビューを果たすのです。

料理と小説の共通点は「不変的なもの」だと、樋口さんは言います。手法は時代や目的によって変わりますが、物事の原理原則は変わらない。樋口さんが小説を書いたり料理を作ることを研究するのはそうした原理原則を解き明かすため、だといいます。

「保存技術の進化によって食材の質が変わったり、調理器具の発達で新しい調理法が生まれたりしますが、原理原則は変わりません。たとえばハンバーグは、硬い肉を細かくし成形するのが原理原則です。そうすることで硬い肉をおいしく食べることができた。しかし昔よりも鮮度が良くなったひき肉を使うなら、わざわざタマゴを入れる必要はありません。タマゴを入れない方が実は『肉をおいしく食べる』という本来の目的に近づくわけです。」

とはいえ、タマゴを入れること自体が間違いというわけではないと樋口さんは念を押します。タマゴを入れるとやわらかい食感になるが肉の味が薄れる。入れないほうが肉の味は生きる。あとはどちらが好みかという話で、原理原則からは外れていないからです。

noteで多く読まれるレシピの傾向は2つあると樋口さん。一つは誰でもすぐ手に入る食材で、すぐに試せるもの。もう一つは、たとえばナポリタンのようにみんなが知っているレシピの更新版だという。

 

1 2

撮影/大平正美 取材・文/江六前一郎

樋口直哉さん
料理家・作家。1981年生まれ。服部栄養専門学校卒業。2005年『さよなら アメリカ』で第48回群像新人文学賞を受賞しデビュー。他の著書に小説『スープの国のお姫様』(小学館)、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(KADOKAWA)、料理本『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)などがある。
note:https://note.com/travelingfoodlab
twitter:@naoya_foodlab