特集記事

料理家・作家 樋口直哉さん

インタビュー
2020年10月20日
料理人をはじめ、料理にまつわるスタイリストやフードコーディネーター、カメラマンなど、食を支えるクリエイターのインタビューをお届けする連載。料理への向き合い方、仕事観、読者のスキルアップのためのノウハウなど、食を支え、未来を描こうとする様々な職種の方々の料理に対する考えや思いを伺います。

バズりを狙わず自分がやりたいことをやり続ける

樋口さんがnoteを書き始めたのは、2017年の7月。当初は、服部学園が運営する「HATTORI食育クラブ」の食育通信onlineで連載していたレシピの発表場所をnoteに移したことが始まりです。投稿を始めて1、2カ月が過ぎた頃にnoteやcakesを運営する株式会社ピースオブケイク(当時、現在はnote株式会社)の代表、加藤貞顕さんから「お会いしたい」という連絡を受けたといいます。

「加藤さんは料理好きだったこともあって、どんな人が書いているのか、という興味を持っていてくださったんですね。そこでcakesで連載の依頼をしていただいたんです。それから加藤さんからは、noteをやるなら、一緒にTwitterをやりなさいと言われました。Twitterのアナリティクスを見ながら、『みんなが興味がないツイートは、みんなにとって有害である』と言われて(笑)。これからは、いくつかのSNSをうまく連動させていくのが重要だと教わりました」

樋口さんによると、noteで「バズる」には2つの法則があり、一つは「誰でもすぐ手に入る食材で、すぐに試せるレシピ」であること、もう一つは「みんなが知っているレシピの更新版」だといいます。またTwitterとnoteで反応が多い記事を分析していくと、異なる傾向にある点が面白いといいます。

たとえば、樋口さんのnoteで最初に1000以上のスキがついた記事は、チョコレート本来の味を楽しむために水を使うと良いという「ホットチョコレートの作り方(ピエール・エルメのルセットから学ぶ)」でした。一方でTwitterから多く読まれたのは、「鉄のフライパンの再生とメンテナンス」です。

「みなさん、鉄のフライパンを持っているけれど使い慣れていない。フライパンを磨くだけの記事なのですが、すぐに試せるのでバズったんだと思います。そこから見えるのは、Twitterはtips(コツや裏技)が求められているということ。noteは記事のボリュームが出せるので、解説記事などが向いています。ただし、たくさん読まれたからといって、こればかりやっていてもだめなんです。自分がやりたいことでなければ、『これはこれで役に立つ情報が提供できたな』で終わりにしています」

自分で写真を撮りはじめて、「料理家は写真を大事にした方がいい」と気づいたという樋口さん。「料理写真は何がおいしいかが分かっている人が撮ると違う。おいしく撮ろうという向上心が写真をうまくすると思う」といいます。

 

親切な文章、親切なレシピを心がけていきたい

作家デビューをした樋口さんは、これまで年に1冊は出版をしています。フィクションからノンフィクションまでテーマは幅広く、もちろんレシピ本も出版しています。その中で、同じジャンルの本を2度書かないようにしているのは、内省をほとんどしないかわりに、外省する性格だからだといいます。

「結果が上手くいかなかったとしたら、アウトプットする方向が悪かったんだと考えるんです。ジグソーパズルのピースを探すように、自分と外がカチッとあうところを探してアウトプットすればいいと思うんです」

「同じように料理家も自分がおいしいと思う料理を作り続けるべき」と樋口さんは言います。「誰もがおいしいと思うだろう」という料理を作っていると、その「誰も」はいなくなったり変わったりすることがあるからです。自分にとって「おいしい」が何かを定義することで、料理を作り続けることができると樋口さんは考えています。樋口さんにとって、あくまでnoteもメディアの仕事も同じ、原理原則を研究するため。noteでは既存の料理のブラッシュアップだったり、既存の料理の基本原則を紹介したり、新しいテクニックを紹介する、という軸はブレません。

「料理家の目的はおいしいものを作って、それを多くの人に再現してもらうこと。そのために読む人に対して親切でありたいと思っています。親切なレシピは、自分がどう進むかをきちんと書いてくれています。そのためには、なるべく平易な言葉で、誰もが分かる表現できちっと書く。親切なレシピであることは、レシピの再現性を高めることであり、それが『おいしさ』の共通言語になると思っています」

料理を学ぶ方法は、現場に入ることと本を読むことだという樋口さん。今も国内外のシェフの本や最新技術を紹介したレシピ本などから学ぶことを続けています。

 

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撮影/大平正美 取材・文/江六前一郎

樋口直哉さん
料理家・作家。1981年生まれ。服部栄養専門学校卒業。2005年『さよなら アメリカ』で第48回群像新人文学賞を受賞しデビュー。他の著書に小説『スープの国のお姫様』(小学館)、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(KADOKAWA)、料理本『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)などがある。
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