2019年11月にリニューアルオープンした渋谷パルコの地下1階「カオス・キッチン」や、バターサンド専門店として人気の「プレスバターサンド」など、食の仕事に携わる者であれば、一度は見聞きしたことがあるブランドの写真を撮影しているのが、フードフォトグラファーの花渕浩二さんです。
写真なら自分が言葉にできないものまで伝えることができる
花渕さんが、写真を撮り始めたのは、高校生の頃。友人を撮ったりしながら、将来写真にまつわる仕事ができれば、と漠然と考えていたといいます。そんな花渕さんにフォトグラファーの道を強烈に意識させたのが、大学時代に「天」というフリーペーパーで見た世界中の恋人たちの写真でした。
「恋人たちの間にある想いや愛情が伝わってきて、『写真ってすごい。言葉より多くのことを語れるじゃないか』と感じたんです。だから、いまでも写真は、自分以上に自分のことを語っていると思っていて、じっくり見られるのは、素っ裸を見られるよりも恥ずかしいですね」と、花渕さんは笑います。
料理専門のフードフォトグラファーになったのは、20代の中頃。当時増えてきたインターネットの飲食店紹介サイトの仕事で料理を撮り始めてから。「USENさんの『グルメGyaO』(現:ヒトサラ)で、専属フォトグラファーをさせていただきました。料理をするのが好きだったこともあって、そのときに料理撮影はおもしろいな、と思ったんです」と、当時を振り返ります。
料理は誰にとっても興味がある分野なのに、専門のフォトグラファーがいない。駆け出しフォトグラファーにとっては、参入しやすい分野なのではないか?と、グルメGyaOを離れた後、「フードフォトグラファー」として、企業やデザイン事務所に営業に向かったのです。
「『料理専門なんておもしろいね。試しに仕事を一緒にやってみようよ』って言ってもらえて、少しずつ仕事が増えてきました。今でも最初の頃に仕事をしていたクライアントさんとは、お付き合いが続いています」
「おいしい写真」からは、作った人の哲学や思いも伝える
花渕さんの名刺の裏には、「おいしい写真撮ります」と、メッセージが印刷されています。本来、人それぞれ異なる「おいしい」を、花渕さんは、どうカメラに収めようとしているのでしょうか。
「おいしい写真を撮るのにもっとも大事な条件は、お腹を空かせることです」と、花渕さんは、まじめにこう答えます。
「実際、撮影前にお腹を満たして挑むことは、ほとんどありません。自分が、『おいしそう』と思う瞬間を収めることが一番だと思っています。そのうえで、料理人や料理研究家さん、または食材を育てた生産者さんたちが伝えたい想いがありますよね。それを、僕が咀嚼して写真にします。その写真を見た人に作った人の想いが伝われば、それが『おいしい写真』なんだと思っています」
「おいしい写真」そのものは、食べることができない。そのため、写真を見た人が実際に料理や食材を食べてもらうことが、料理写真が持つ本来の意味だと花渕さんはいいます。そのため写真はあくまで、「おいしい」を生むための接点を多くするツールであって、作った人、育てた人の想いを伝える媒体であると考えています。
料理研究家とフォトグラファーの仕事は「お見合い」から始まる
実際の撮影現場で花渕さんは、フォトグラファーとして撮影方法のアイディアなどを意見することはありますが、それをあまり言い過ぎないようにしているといいます。なぜなら、「自分の意見は、自分ができることの範囲内になってしまう」からだと花渕さん。出来上がるものに広がりを与えるためにも、仕事相手には、伝えたい想いやイメージ、料理の作り方などをどんどん教えてほしいといいます。
「料理研究家のみなさんは、僕と『お見合い』すると思ってください(笑)。アイスブレイクも含めて、いろいろなことを話しながら現場の空気を作っていくことが大切だと思っています。いい雰囲気の現場は、いい雰囲気の写真が撮れる。結局、人と人とのコミュニケーションなんです。それ以外は何も必要ありません。それさえできれば、あとは僕がおいしく撮りますので安心してください」