料理もデザートも区別をしていない
「なぜパリの一つ星『sola』(ソラ)のパティシエが、料理を作るのか?しかもフルコースを?」という疑問がまず浮かぶことでしょう。この質問に「僕は、街の中華屋さんの料理人に憧れて料理を始めました。料理もお菓子もどちらも好きで、あまり違いを感じていないんです」と、勝俣さんは笑って答えてくれました。
実は料理人の経験もある勝俣さん。20代後半、パティシエの仕事をすべてこなして、そのほかの時間で料理をしていいという条件で、「ビストロ ランプラント」(東京)に入って、パティシエ兼料理人として働いたこともあったそうです。
「それに、パティシエは、繊細な仕事が得意。精巧に作ったパーツを盛り込んだ料理は『食べるのがもったいなくて手が付けられない』と、お客さまにも言っていただけます。料理人さんとはまた違う、パティシエならではの料理を出すことができると思っています」。
その言葉通りのひと皿が、Yamaのコースの最初に出されるフィンガーフードを飾り盛った「山のアミューズ」です。
「山のアミューズ」。時計の12時の位置から時計回りに、チョコ菓子「雲」、季節の花(ミモザ、飾りとして)、みかん鯛と水晶文旦のマリネ、ウニのシュークリーム、ロックホールチーズの最中、マイクロクロワッサン、信州サーモンをのせたトースト、海老芋とゴボウのフリット、豆のタルト、ゴマバタークリームと八丁味噌のマカロン、中央はフォワグラのプリン。
勝俣さんと同い年の友人で、佐賀・伊万里の窯元「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏が作陶したサークル型の印象的なショープレートに、10種類のフィンガーフードがのせられています。季節によって内容は異なりますが、たとえばこの日は、信州サーモンをのせたトーストの「サクッ」とした食感や、中央のフォワグラのプリンのなめらかな舌触りが楽しめる料理。他にも、口の中ですぐに溶けてなくなる「雲」と名付けられたチョコレートなど、パティシエらしい作りこまれた料理が目を引きます。
一方、愛媛のブランドフィッシュ「みかん鯛」のマリネや、湯がいた豆と焼き上げて層になったパート・フィユテ(折パイ生地)に乗せたタルトなど、食材のみずみずしさを伝える料理や、海老芋とゴボウをコロッケもしくはフリットのように熱々に揚げた料理もあります。
素材感や温度帯まで、気の遠くなるような仕事の上に生まれた多様な10品のヴァリエーション。さらに、その10品をひと皿にまとめる構成力。パティシエ出身の勝俣さんならではの知識や技が存分に活かされた、まさにスペシャリテと呼ぶにふさわしいひと皿です。
レストランのデザートだからできるはかなさ
コースは、アミューズに続いて、魚介のアイスクリームの前菜と、魚料理、肉料理が続きます。そして最後は、「パティシエ勝俣さん」への期待が高まるアシェットデセール(皿盛りデザート)です。
この日のデザートは「イチゴのヴァシュラン・グラッセ」。通常の8倍の量のタヒチ産バニラビーンズを使った薫り高いアイスクリームにメレンゲ、天使の羽のように美しく透き通った飴細工など、手の込んだパーツとともに、マリネしたイチゴが盛りつけられています。
そのすべての層をスプーンで食べると、途端に消えてなくなります。そしてかすかに残る余韻の中からイチゴだけがスーッと現れてくる。まさに、すべての仕事がこの瞬間のためになされてきたような、一瞬の儚い体験に、勝俣さんの表現力の高さが見えてきます。
イチゴのバシュラングラッセ。コースの最後に響くファンファーレのような存在感のあるデザートではなく、これまで食べてきたコースの余韻をゆるやかに収めていくようなデザートになっています。