
「口当たりがやさしいもの。そして、しっかりとした味わいで、ジャパナイズドされていないフランス菓子。当初は、遠方からお菓子マニアの方が来てくださって、次第に地元のお客さまに、ご来店いただけるようになりました」。さらに石井さんの愛猫がモデルのイラストが印刷された缶入りクッキーが、お土産物としてブレイク。猫好きにも支持され、客足も増えることになりました。「お店が上向きになってきたのは、ここ2、3年くらいです。それまでは、借金が返し終わるかな、できなかったら貧困になるな、両親にも心配かけるな、とか考えていました(笑)」。
スタッフの友人の美大生に描いてもらったという、オリジナルの焼き菓子詰め合わせ缶。 猫のモデルは、石井さんの愛猫です。
きちんとしたお菓子を作りたいという自分の性格上、多店舗経営に向かないという石井さん。これからは、焼き菓子をきちんとブランディングして、ビジネスの軸にしていきたいと考えています。焼き菓子は、日持ちがするので贈答品として重宝されるのに、海外発のブランドには、生菓子にスペシャリテはあっても、意外と贈答用の焼き菓子は少なく、ブランディングできていない。ここに商機があるのではないか、と石井さんは考えています。
「小さいお店でのブランディングの大切さは、アパレル時代に学んだことです。そう考えるとスタートは遅かったですが、パティシエになるまでの時間に無駄なことはなかったなと思います。その分、人の10倍仕事をしなきゃ追いつけないと必死に働きましたが、それもお菓子作りに大切なスピードを身につけることができたので、よかったことです」
憧れのパティシエになって、自分の店をもつことができた石井さん。夢を実現するためには、何が必要なのでしょうか。「憧れの気持ちを持ち続けること。仕事をしていると『やらなきゃいけない』というプレッシャーに負けそうになりますが、お菓子を作ったときのウキウキした気持ちに重きをおいて、地味な仕事の連続を続ける。パティスリーの仕事は、一般的な労働時間から見れば長いです。修業時代は、デートする時間もなかったですし(笑)。私自身は、仕事をしている時間自体が、自分の人生の質(QOL)を高めていくと思っています」
一方で、石井さんのような経営者が、未来のパティシエたちのために労働環境を改善していく努力をしていかないといけません。「そういう点でも、焼き菓子をブランディングしていくことは、大事だと思っています。生菓子には、原料費以外に、保存用のショーケースや包装、持ち歩きの保冷剤などで、さまざまなコストがかかります。その点で、焼き菓子は、作り方も保存もすべてシンプル。ご自宅に持ち帰る途中で崩れたりするようなこともなく、私たちが思い描いた、味や形を崩すことなく、どなたのもとにも届けられる安心感もあります」
夢を叶えた石井さんは、小さな店ながらも、きちんとビジネスとして生き残れるパティスリーの新しいロールモデルを作ろうとしています。それは、未来のお菓子好きの誰かが、石井さんと同じように夢を叶えられるようにするためでもあるのです。