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話題のシェアキッチン キッチンベース

インタビュー
2019年10月31日

いま、飲食業界には、テクノロジーの進化によって様々な変化が訪れています。料理を取り巻く最新の動向にくまなくアンテナを張ることは、時流にきちんと乗った料理家への近道です。本連載では、料理にまつわる話題の取り組みや料理教室運営方法のノウハウなどをお伝えしていきます。調理技術を磨くと同時に、情報をアップデートし、“できる料理家”を目指しましょう。
第一回目は、客席を持たないレストラン“ゴーストレストラン”や、ひとつのキッチンを複数のシェフが使い合う“シェアキッチン”について。海外ではすでに注目を集めている新業態が日本でも盛り上がりつつあることをご存知ですか? 2019年6月、中目黒に誕生した画期的な飲食店「キッチンベース」は、複数の厨房を備え、それぞれ独立したレストランが一棟にまとまっているという日本初の形式。そんな話題の飲食店を立ち上げた(株)SENTOEN取締役COO野原陽平さんと、個人のシェフとしてキッチンベースに出店しているタイ出身のタワンドンさんにシェアキッチンの魅力を伺いました。

経営者と料理人が共感しあえる環境作りが大事

キッチンベースには4つの厨房があります。その1つは野原さんの会社が自社運営、残る3つは、そこに入りたいお店を募集しました。「まずは美味しいかどうか、次に写真映えする料理・盛り付けかどうか、そして5分〜8分以内に素早く作ることができるか、最後に20分間デリバリーのバッグの中に入れて揺らすといった配達の環境を経ても美味しいかどうか、この4点をチェックし、どの項目でも優れていたのが現在の3店でした」。そして最も重要視した点が、野原さんたちのやり方に共感してくれるかどうかだったそう。「事前に、僕らはデータ分析を行うし、それによって金額やメニューの変更をお願いする場合があることを伝えました。こうした新しい試みに柔軟性は欠かせないですし、一緒に仕事をする仲間として、僕らのやり方に共感を持ってもらえることが大切だと考えました」(野原さん)。

初めてのお店を持ったシェフのタワンドンさん

3つのレストランのうち、ただ一人、個人のシェフとしてお店を構えているのがタイ出身のタワンドンさんです。野原さんが「とにかく美味しかった」と入店審査を振り返った彼の料理には、オープンからすでに多くのリピーターが付いています。「僕というシェフを一人でも多くの人に知ってもらい、ファンがいる状態で、いずれ自分のリアルなお店を開きたいと思っています」(タワンドンさん)。タワンドンさんは、日本で10年近く様々なレストランで働きながら、キッチン会場を借りたPOPUPレストランや立食パーティで、自分の料理をふるまってきました。正統派タイ料理のコックとして、数多くレシピストックがありますが、キッチンベースではあえてカレーを中心としたメニュー展開にしていると言います。「デリバリーは、作りたてではなくても誰もが美味しいと感じられる料理がいいので、カレーにしました。本当は出したいタイ料理がとてもたくさんあるんだけど、我慢しています(笑)」(タワンドンさん)。

キッチンベースに参加してよかったことはいくつもあると言います。「他のお店がすぐ隣にあるから、もし僕だけ売れていなかったら、天気やエリアのせいではなく僕のお店に原因があるとわかること。それと、デリバリーでは配達できる範囲が近所に限られているから、中目黒の舌が肥えた人たちのリアルな反響もわかる。どれも一人でお店を構えていてはなかなか得られない情報だと思います」(タワンドンさん)。自分のお店を持つファーストステップとして、シェフから見てもキッチンベースは魅力的な点がたくさんのようです。

料理に関わる人に役立つ存在に

好調の中目黒店を運営しながら、野原さんたちは年内に2店舗目の開店を目指しています。「僕らのテスト検証の結果を生かして、料理に関わる人たちが働きやすく、挑戦しやすい環境を作っていくという目的が事業の根底にあります。また、個人のシェフの方も、いつか『キッチンベース卒業生は成功している』というふうになったら面白いですよね。それに、うちの自社厨房では、ここで料理のスキルを磨いた方々を、人材不足に悩む飲食店へシェフ派遣もできると考えてもいます。構想はどんどん広がります」(野原さん)。
高い家賃や内装づくりで初期投資をしなくても、技術とやる気さえあれば、自分の料理を多くの人に味わってもらえる、そんな時代がきたようです。シェアキッチンの登場は、料理を仕事とする人々に新しい選択肢をもたらしました。

キッチンベースを運営するSENTOEN代表の野原陽平さん。現在、キッチンベースには4つの厨房があり、どの厨房も、ウーバーイーツ、楽天デリバリー、出前館、ファインダインに対応しています。

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撮影/山下みどり 取材・文/佐々木彩