菓子工房ルスルス オーナーパティシエール 新田あゆ子さん【私の駆け出し時代】

レモンの香る小さな星型の砂糖がけクッキーを折り紙にのせ、夜空のような演出を楽しむ「夜空缶」や、夕焼けに飛ぶ鳥をイメージした、ノスタルジックなかたちがかわいい「鳥のかたちクッキー」など、どこか懐かしく手作り感のあるほのぼのとしたクッキーや焼き菓子が人気の「菓子工房ルスルス」。姉妹で運営する小さな町のお菓子屋さんで、商品づくりと開発を担当するのが姉のあゆ子さんです。実はインタビュー当日は、もうすぐ出産という妊娠9か月だったあゆ子さん。無理をせず一生働き続けられる環境を作りながら、夢を叶えてプロとして仕事をする。そんな現在のスタイルにたどり着くまでの道のりを伺います。

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2019年08月29日

「手に職をつけて自立」を自然と志した少女時代

3つ年上の兄とひとつ違いの妹、三人兄妹の真ん中に生まれた新田あゆ子さん。在宅で校正の仕事をしていた母親は、家にいることが多く、子どもの頃はプリンやニンジンのケーキといったおやつを手作りしてくれたそう。とはいえ、この幸せな原体験が、現在のお菓子職人としての将来に直結したというわけでもないとか。むしろ働く母親の姿を間近に見ながら育ったことで、いつしか「女性でも手に職をつけて自立したい」と、当然のように思っていたそうです。

「具体的に将来のことを考え始めたのは、高校生の頃です。まだ社会をあまり知りませんから、手に職をつけるなら飲食業かなと。他に美容師もあり、なんて思っていました」。高校を卒業後すぐ専門学校への進学を考えますが、将来のために学歴があった方がいいというご両親のすすめもあり、短大の国文科に進学。卒業を前に、やはりお菓子の道に進みたいと心を固めます。
「とはいえ短大に行っていたので、人より2年遅いスタートになってしまいます。また、短大で学んだうえに専門学校に通うのは、金銭面でも負担でした」。そこで専門学校に通うのではなく、未経験でも働ける場所を探して、現場で経験を重ねようと考えたあゆ子さん。小さなカフェに働き口を見つけ、お菓子職人としての道を歩み始めました。

目標は30歳で独立。いくつもの仕事でキャリアを広げる

手作りのお菓子を出している洋菓子店やカフェをいくつも食べ歩き、好きな味のお菓子と思える店を選んで就職したあゆ子さん。その理由を、こう語ります。
「学校の紹介で大手企業に入るのは、専門学校に通わなかった私には難しい。それに大手には役割分担があり、すべての工程を経験するのには時間がかかりそうです。けれども小さなお店であれば、たくさんの仕事を任せてもらえて、お菓子作りを覚えるのも早いのではないかと考えました」
その読みは的確で、すぐにひと通りのお菓子作りを学び、自分のレシピで作ったケーキをお客様に出せるようにもなりました。けれども飲食店の仕事は、朝早くから夜遅くまで続くハードな現場です。やりがいを感じて毎日が充実している反面、3年が経つころには「この仕事は一生続けられるのだろうか」と思い始めたとか。

一生続けられる働き方を模索していくうちに、「お菓子を作れることと、それを教えられることは違う」と気づいたあゆ子さん。次は教える技術を学んでみたいと、製菓・調理の専門学校「レコールバンタン」に転職します。
また、お店や学校で働く一方で、休みの日には小嶋ルミさんのお菓子教室「オーブン・ミトン」に通い、最終的にはレッスンを受け持たせてもらえるまでになりました。「いろいろなお店を巡る中で、素直においしいなと思ったのがオーブン・ミトンのお菓子でした。それに同じ女性として、小嶋ルミ先生の働き方にも憧れました」。

経験は無駄にならないから、挫折は何度してもいい

さまざまな場所で経験を広げ、そこで出会った人たちとの縁を大切に紡いできたあゆ子さん。「夢は言葉にすると叶うと聞きますし、自分の内だけに秘めていても意味がないから」と、30歳までに独立して自分のお店を持ちたいという夢を、機会があるごとに口に出してきたそうです。そのおかげか、いいご縁あって東麻布に場所が見つかり、予定より3年早い27歳でお菓子教室を、その半年後には妹のまゆ子さんと共に「菓子工房ルスルス」をオープンしました。端から見ると、若くして自分の城を構えた成功者に見えますが、あゆ子さん自身は、挫折や諦めたこともあったと語ります。

「お菓子職人になりたいと思いながら、専門学校を諦めて短大に進学してしまいました。最初に働いたお店では、長い間お菓子職人を続けるというのは素晴らしいことと思いながら、私は体力的にも厳しくて、くじけてしまいました。それから、お菓子を極めるならやはり本場のフランスで学びたいと、フランス留学の準備をしていました。これはまぁ、お店を開くことを選んだからというのが理由ですが、この夢も実現できませんでした」。
でも、それでいいのではないかとあゆ子さんは考えています。あゆ子さんが若い頃から習慣にしてきたのは、未来の夢に向かってどうやって段取りをつけるか、人生を設計する未来年表づくり。環境や条件が変わるたびに年表を見直しながら、今の自分に合った未来を設計しています。

働き方を変えながら、一生続けられる仕事場をつくる

現在は、あゆ子さんが商品づくりと開発、妹のまゆ子さんが接客やその他すべての作業と、役割分担をしてお店を運営しています。あゆ子さんの今の夢は、自分自身だけでなく、妹のまゆ子さんをはじめお店で働く12人のスタッフ全員が、一生働ける基盤をつくることとか。「パティシエという職業を諦めたり、辞めたりという選択肢を取らなくてもいい場所をつくりたい」と言います。どんな状況でもお互いにサポートし合えるチームは、あゆ子さんにとって最も大切な存在。たとえ誰かが一時期職場を離れても、また戻って来られるように、さまざまな工夫をしています。

たとえば、お菓子のレシピを考えるとき、あゆ子さんが大切にしているのが、シンプルで誰にでも作れること。「私にしかできないシグネチャーメニューをつくると、全部を自分でやろうとしてしまい、人に任せることができなくなってしまいます。お店がオープンして5年が経ち、今は信頼できるスタッフが育っていますから、誰がつくってもルスルスのお菓子の味になるようにしています」。
浅草店をオープンしたのも、実家の近くに基盤を持ちたかったから。何でも自分自身でやろうとせず、両親の力も素直に借りています。両親も応援してくれていて、お父様は毎日のように、スタッフのランチとして手作りのおにぎりを、自転車で差し入れに来てくれるとか。「うちは昔から家族の仲がよく、誰かが何かをやるときは、それを応援するのが当然でした。お店をオープンするにあたっては、まゆさんは当然のように加わってくれましたし、兄も、仕事のつながりから、包装紙やショップカードを手掛けるデザイナーを紹介してくれたりしました」。

無理をせず、しなやかにかたちを変えながら、夢を実現してきたあゆ子さん。妊娠していてもパティシエとして働ける姿を見せることができたから、次は子どもがいても働けることを体現したいと言います。
人々の心を和ませるお菓子作りのプロとして、母親として、あゆ子さんの新しい未来年表が書き換えられるのは、もうすぐかもしれません。

編集部追記:このインタビュー後、あゆ子さんは無事に元気な男の子のママになりました。

撮影/大木慎太郎 取材・文/江藤詩文

新田あゆ子(ニッタ アユコ)さん
1977年、東京都生まれ。短大卒業後、都内の洋菓子店やカフェでお菓子づくりのキャリアをスタート。製菓・調理の専門学校「レコールバンタン」に勤務、小金井のお菓子教室と洋菓子店「オーブン・ミトン」の小嶋ルミさんの教室に通うなどの経験を重ねたのち、2006年、東麻布にお菓子教室をオープン。2007年、東麻布に妹・まゆ子さんと菓子工房ルスルスを開業。2012年、浅草に工房・お菓子教室・喫茶スペースを併設(現在は教室と喫茶はお休み)した旗艦店をオープン。2015年、松屋銀座に支店を出店。現在は3店舗を運営しながら、育児生活も楽しんでいる。

菓子工房ルスルス 浅草店
台東区浅草3-31-7
Tel:03-6240-6601
https://www.rusurusu.com/


店頭では、注文を受けてからクリームを絞るシュークリーム¥270や季節のフルーツのショートケーキ¥454(写真はメロン)など季節の生菓子も購入できます。


大人気で品切れのことも多い「鳥のかたちクッキー」(手前)と「夜空缶」各¥1620。その他の人気商品も公式サイトから通販で買うこともできます。(要予約)


季節のフルーツを使った手作りのコンフィチュール。


あゆ子さんのレシピ。お菓子教室を主宰しているあゆ子さんらしく、初心者にもわかりやすい。


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