「手に職をつけて自立」を自然と志した少女時代
3つ年上の兄とひとつ違いの妹、三人兄妹の真ん中に生まれた新田あゆ子さん。在宅で校正の仕事をしていた母親は、家にいることが多く、子どもの頃はプリンやニンジンのケーキといったおやつを手作りしてくれたそう。とはいえ、この幸せな原体験が、現在のお菓子職人としての将来に直結したというわけでもないとか。むしろ働く母親の姿を間近に見ながら育ったことで、いつしか「女性でも手に職をつけて自立したい」と、当然のように思っていたそうです。
「具体的に将来のことを考え始めたのは、高校生の頃です。まだ社会をあまり知りませんから、手に職をつけるなら飲食業かなと。他に美容師もあり、なんて思っていました」。高校を卒業後すぐ専門学校への進学を考えますが、将来のために学歴があった方がいいというご両親のすすめもあり、短大の国文科に進学。卒業を前に、やはりお菓子の道に進みたいと心を固めます。
「とはいえ短大に行っていたので、人より2年遅いスタートになってしまいます。また、短大で学んだうえに専門学校に通うのは、金銭面でも負担でした」。そこで専門学校に通うのではなく、未経験でも働ける場所を探して、現場で経験を重ねようと考えたあゆ子さん。小さなカフェに働き口を見つけ、お菓子職人としての道を歩み始めました。
目標は30歳で独立。いくつもの仕事でキャリアを広げる
手作りのお菓子を出している洋菓子店やカフェをいくつも食べ歩き、好きな味のお菓子と思える店を選んで就職したあゆ子さん。その理由を、こう語ります。
「学校の紹介で大手企業に入るのは、専門学校に通わなかった私には難しい。それに大手には役割分担があり、すべての工程を経験するのには時間がかかりそうです。けれども小さなお店であれば、たくさんの仕事を任せてもらえて、お菓子作りを覚えるのも早いのではないかと考えました」
その読みは的確で、すぐにひと通りのお菓子作りを学び、自分のレシピで作ったケーキをお客様に出せるようにもなりました。けれども飲食店の仕事は、朝早くから夜遅くまで続くハードな現場です。やりがいを感じて毎日が充実している反面、3年が経つころには「この仕事は一生続けられるのだろうか」と思い始めたとか。
一生続けられる働き方を模索していくうちに、「お菓子を作れることと、それを教えられることは違う」と気づいたあゆ子さん。次は教える技術を学んでみたいと、製菓・調理の専門学校「レコールバンタン」に転職します。
また、お店や学校で働く一方で、休みの日には小嶋ルミさんのお菓子教室「オーブン・ミトン」に通い、最終的にはレッスンを受け持たせてもらえるまでになりました。「いろいろなお店を巡る中で、素直においしいなと思ったのがオーブン・ミトンのお菓子でした。それに同じ女性として、小嶋ルミ先生の働き方にも憧れました」。