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母としてプロとして 働き続ける生き方

インタビュー
2019年08月29日
レモンの香る小さな星型の砂糖がけクッキーを折り紙にのせ、夜空のような演出を楽しむ「夜空缶」や、夕焼けに飛ぶ鳥をイメージした、ノスタルジックなかたちがかわいい「鳥のかたちクッキー」など、どこか懐かしく手作り感のあるほのぼのとしたクッキーや焼き菓子が人気の「菓子工房ルスルス」。姉妹で運営する小さな町のお菓子屋さんで、商品づくりと開発を担当するのが姉のあゆ子さんです。実はインタビュー当日は、もうすぐ出産という妊娠9か月だったあゆ子さん。無理をせず一生働き続けられる環境を作りながら、夢を叶えてプロとして仕事をする。そんな現在のスタイルにたどり着くまでの道のりを伺います。 >>あの人気料理家も登場! これまでの記事はこちら

経験は無駄にならないから、挫折は何度してもいい


さまざまな場所で経験を広げ、そこで出会った人たちとの縁を大切に紡いできたあゆ子さん。「夢は言葉にすると叶うと聞きますし、自分の内だけに秘めていても意味がないから」と、30歳までに独立して自分のお店を持ちたいという夢を、機会があるごとに口に出してきたそうです。そのおかげか、いいご縁あって東麻布に場所が見つかり、予定より3年早い27歳でお菓子教室を、その半年後には妹のまゆ子さんと共に「菓子工房ルスルス」をオープンしました。端から見ると、若くして自分の城を構えた成功者に見えますが、あゆ子さん自身は、挫折や諦めたこともあったと語ります。

「お菓子職人になりたいと思いながら、専門学校を諦めて短大に進学してしまいました。最初に働いたお店では、長い間お菓子職人を続けるというのは素晴らしいことと思いながら、私は体力的にも厳しくて、くじけてしまいました。それから、お菓子を極めるならやはり本場のフランスで学びたいと、フランス留学の準備をしていました。これはまぁ、お店を開くことを選んだからというのが理由ですが、この夢も実現できませんでした」。
でも、それでいいのではないかとあゆ子さんは考えています。あゆ子さんが若い頃から習慣にしてきたのは、未来の夢に向かってどうやって段取りをつけるか、人生を設計する未来年表づくり。環境や条件が変わるたびに年表を見直しながら、今の自分に合った未来を設計しています。

働き方を変えながら、一生続けられる仕事場をつくる


現在は、あゆ子さんが商品づくりと開発、妹のまゆ子さんが接客やその他すべての作業と、役割分担をしてお店を運営しています。あゆ子さんの今の夢は、自分自身だけでなく、妹のまゆ子さんをはじめお店で働く12人のスタッフ全員が、一生働ける基盤をつくることとか。「パティシエという職業を諦めたり、辞めたりという選択肢を取らなくてもいい場所をつくりたい」と言います。どんな状況でもお互いにサポートし合えるチームは、あゆ子さんにとって最も大切な存在。たとえ誰かが一時期職場を離れても、また戻って来られるように、さまざまな工夫をしています。

たとえば、お菓子のレシピを考えるとき、あゆ子さんが大切にしているのが、シンプルで誰にでも作れること。「私にしかできないシグネチャーメニューをつくると、全部を自分でやろうとしてしまい、人に任せることができなくなってしまいます。お店がオープンして5年が経ち、今は信頼できるスタッフが育っていますから、誰がつくってもルスルスのお菓子の味になるようにしています」。
浅草店をオープンしたのも、実家の近くに基盤を持ちたかったから。何でも自分自身でやろうとせず、両親の力も素直に借りています。両親も応援してくれていて、お父様は毎日のように、スタッフのランチとして手作りのおにぎりを、自転車で差し入れに来てくれるとか。「うちは昔から家族の仲がよく、誰かが何かをやるときは、それを応援するのが当然でした。お店をオープンするにあたっては、まゆさんは当然のように加わってくれましたし、兄も、仕事のつながりから、包装紙やショップカードを手掛けるデザイナーを紹介してくれたりしました」。
無理をせず、しなやかにかたちを変えながら、夢を実現してきたあゆ子さん。妊娠していてもパティシエとして働ける姿を見せることができたから、次は子どもがいても働けることを体現したいと言います。
人々の心を和ませるお菓子作りのプロとして、母親として、あゆ子さんの新しい未来年表が書き換えられるのは、もうすぐかもしれません。
編集部追記:このインタビュー後、あゆ子さんは無事に元気な男の子のママになりました。

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撮影/大木慎太郎 取材・文/江藤詩文

新田あゆ子(ニッタ アユコ)さん
1977年、東京都生まれ。短大卒業後、都内の洋菓子店やカフェでお菓子づくりのキャリアをスタート。製菓・調理の専門学校「レコールバンタン」に勤務、小金井のお菓子教室と洋菓子店「オーブン・ミトン」の小嶋ルミさんの教室に通うなどの経験を重ねたのち、2006年、東麻布にお菓子教室をオープン。2007年、東麻布に妹・まゆ子さんと菓子工房ルスルスを開業。2012年、浅草に工房・お菓子教室・喫茶スペースを併設(現在は教室と喫茶はお休み)した旗艦店をオープン。2015年、松屋銀座に支店を出店。現在は3店舗を運営しながら、育児生活も楽しんでいる。

菓子工房ルスルス 浅草店
台東区浅草3-31-7
Tel:03-6240-6601
https://www.rusurusu.com/

店頭では、注文を受けてからクリームを絞るシュークリーム¥270や季節のフルーツのショートケーキ¥454(写真はメロン)など季節の生菓子も購入できます。

大人気で品切れのことも多い「鳥のかたちクッキー」(手前)と「夜空缶」各¥1620。その他の人気商品も公式サイトから通販で買うこともできます。(要予約)

季節のフルーツを使った手作りのコンフィチュール。

あゆ子さんのレシピ。お菓子教室を主宰しているあゆ子さんらしく、初心者にもわかりやすい。