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下村シェフが歩んだ料理人としての半生

インタビュー
2019年09月26日

2006年、「あの下村シェフがFEU(フウ)から独立するらしい」と、日本のフーディーズをざわつかせた下村浩司さん。店名に「エディション」と冠したように、料理だけでなく器やカトラリーからインテリア、サービス、エントランス、テーブル上のオブジェまで、ひとつひとつ五感で選び抜き、創り上げた自身の店が「ミシュランガイド東京」にて初掲載で二ツ星に輝いた日は、思わず涙がこぼれたと振り返ります。8年にも渡るフランス修業時代に経験した、星を巡る熾烈な現場の最前線から現在に至るまで、星とともに高みを目指してきた下村さんの、波乱万丈な料理人としての半生をお聞きします。
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家庭科の授業で同級生に手本を見せていた料理少年


茨城県の常陸太田市で、姉と妹に挟まれた真ん中の、たったひとりの男の子として、おっとりと穏やかな少年に育てられた下村さん。両親は百貨店を営んでいたため、幼少時代から家にはお手伝いさんがいて、何不自由なく暮らしていたと言います。両親は愛媛県出身。料理が好きでアクティブな母親は、瀬戸内海の海の幸を存分に使ったちらし寿司など、茨城ではめずらしい愛媛ならではの郷土料理を作っては、ご近所におすそわけしたり、主婦仲間に教えたりしていたそうです。

「また、母は休みの日には、フレンチトーストなど子どもの好みに合ったしゃれた料理を作ってくれました」と下村さん。ところが下村さんが小学校に上がったころ代替わりしたお手伝いさんが作るのは、しょうゆを用いた、地味な茶色のお惣菜ばかり。「子ども心にも、食欲がわかない料理は受け入れられなかったのです(笑)」と下村さん。小学3年生になるころには、レストランで食べたカニピラフを再現するなど、料理を楽しみ始めました。地元のソフトボールクラブに入り、練習後にチームメイトに手料理を振る舞ったり、家庭科の授業では、フライドポテトやオムレツの作り方を、先生と一緒に同級生に教えたりしていたそうです。「他にオムレツを作る同級生などはいませんでしたし、フライドポテトは、母親のやり方をまねて二度揚げするなど、料理へのこだわりを持った小学生でしたね」。この頃にはもう、将来の道は自ずと決まっていたのかもしれません。

イタリア料理にワーキングホリデー。迷い多き青年時代


今ではフランス料理ひと筋に邁進してきた「フレンチの雄」という印象の下村さんですが、大阪・辻調理師専門学校を卒業して最初の職場に選んだのは、なんとイタリア料理店でした。その理由を、下村さんはこう語ります。「専門学生時代から、ゆくゆくは自分の店を持ちたいと考えてはいましたが、東京で店を開くことは、まったく頭にありませんでした。いずれは、生まれ育った地元の茨城でとイメージしていました。当時はまだ、茨城ではオートキュイジーヌのフランス料理が受け入れられる環境ではありませんでした。フランス料理を極めたいと思いながらも、街場のイタリア料理店が現実的だと考えたのです」

それでも、休みをもらうたびに、見習いの安い給料を削って、フランス料理の名店を食べ歩き、フランス料理への情熱が消えることはありませんでした。卒業した年の夏休みには、神戸のフランス料理店で働くかつての仲間を訪ね、その際にいただいたフランス料理が非常にすばらしく、「やはりフランス料理だ」と、人生の舵を切ります。フランス料理人としてのキャリアをスタートして店での約3年間の修行は、想像を絶するほどにきつかったとか。「ここから逃げ出すために、オーストラリアのワーキングホリデーのビザも取得していましたから(笑)」。

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撮影/土田有里子 取材・文/江藤詩文

下村 浩司(シモムラ コウジ)さん
1967年、茨城県生まれ。大阪・辻調理師専門学校を卒業後、都内のフランス料理店などを経て90年に渡仏。「ラ・コート・ドール」「トロワグロ」「ギィ・サヴォワ」といった名だたる名店で8年間の研鑽を積み、98年に帰国。2001年、東京・乃木坂「レストラン・フウ」の料理長に就任。2006年、多くのファンに惜しまれつつ独立。2007年、オーナーシェフとして「エディション・コウジ シモムラ」をオープン。2008年、「ミシュランガイド東京」に初掲載で二ツ星を獲得(最新の2019年版にも二ツ星店として掲載)。世界の最先端のガストロノミー文化にも造詣が深く、タイの「マンダリン・オリエンタル バンコク」でイベントを行うなど、国際交流にも積極的に取り組んでいる。また、現在は、出身地である茨城県のいばらき大使、常陸太田大使のほか、大分県国東市観光大使、熊本県山江村応援大使を務めるなど、食を通じた地域の活性化にも貢献している。

エディション・コウジ シモムラ
港区六本木3-1-1 六本木ティーキューブ1F
Tel:03-5549-4562(10時〜23時)
http://www.koji-shimomura.jp

牡蠣(くにさきOYSTER)と海水と海藻がテーマの、下村さんのシグネチャーディッシュ。海水で火を通した牡蠣の冷製に、海水と柑橘のジュレを添え、仕上げに岩のりをトッピング。

「うさぎはニンジンが好き」。そんなストーリーで仕立てたかわいらしいひと皿。うさぎ肉にニンジンと柑橘系フルーツの詰め物をしてローストし、見た目もカラフルに仕上げている。

栗(やまえ栗)とパッションフルーツの秋らしい味わいのデザート。マロンペーストにはカシスを合わせるのが定番だが、下村さんはパッションフルーツをチョイス。ミルクやクリームなど動物性油脂は一切使わない。

修行時代に書き溜めたレシピや巨匠シェフの手書きのメニュー構成、写真などは、店ごとにファイリングしてすべて保管している。下村さんが師と仰ぐ故ベルナール・ロワゾー氏の直筆サイン入り推薦状など貴重なものも多い。

フランス修行時代に毎日のように手にとったミシュランガイド1991年版と、コレクションの1922年版。渡仏時に買ったミシュランのキーホルダーは、初心に戻らせてくれるもので、いつもなんとなく手元に置いている。