料理家 渡辺麻紀さん【私の駆け出し時代】

フレンチをベースに、初心者でも作りやすい料理やお菓子のレシピで定評がある渡辺麻紀さん。幅広いテーマの著書を手がけ、ベストセラーのタイトルも多いことから、どんな料理もそつなくこなせるイメージのある渡辺麻紀さんですが、ご自身は「私は不器用」と繰り返します。その言葉の真意とは?

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2018年06月14日

「料理が好き」という真っすぐな想い

基礎をしっかり学んだ上での知識や経験に裏打ちされたレシピで、読者はもちろん、料理専門誌の編集者や調理家電・器具メーカーからの信頼も厚い、料理家の渡辺麻紀さん。料理上手のお母様が大勢の来客に料理を振る舞ったり、京都で呉服店を営んでいたおばあ様が作ったおばんざいを従業員や親族の方たちが食べたりする様子を見て、おいしい料理を作る・食べるという行為に、子どもながらに喜びを感じていたといいます。

「祖母や母のように、みんなに“おいしい”って言われたくて、子どもの頃から“料理の先生”になりたいと思っていました。東京に嫁いだ母のために、祖母が年に数回、京都の錦市場で食料をいっぱい買い込んで遊びに来てくれたのですが、下ごしらえをしていた祖母と母を手伝ったのが最初の料理体験です。幼稚園児だったので、さやえんどうの筋を取ったりしたくらいなのですが、自分も仲間に入れてもらえて大人になったような気分がして、とてもうれしかったのを覚えています。小学生の頃には、和食の先生をするようになった母を真似て、レシピノートを作っていました」

大学入学後に、フランス料理研究家の上野万梨子さんの料理教室に通い始め、その縁で上野さんのアシスタントを務めるようになります。

「学生時代も含めて3年間アシスタントをやらせていただき、料理のことから社会常識まで、たくさんのことを勉強させていただきました。まだ料理の知識も経験もほとんどないときに、万梨子先生の洗礼を受けたのは大きかったです。また、センスやクレバーさにあふれ、ストイックな万梨子先生を間近で見て、不器用で自信のなかった私にはとても同じことはできないと、女性が自分ひとりの名前で仕事をすることの大変さというのを感じました」

ポジションにこだわらず、多方面から料理を学ぶ

上野さんの渡仏を機にアシスタントを卒業し、飲食事業を手掛ける企業でメニュー開発を行うようになった渡辺さんですが、開校してから1年ほどだった「ル・コルドン・ブルー東京校」にスタッフとして誘われます。キッチンを希望したものの、事務局へと請われました。渡辺さんは大学時代にフランスの「ル・コルドン・ブルー」に短期で通ったことがあり、料理のことも学校のこともある程度わかるからというのが抜擢の理由でした。

「当時のコルドンは、素晴らしい経歴のフランス人のシェフたちがいるのに、日本では認知度が低く、スタッフと生徒がものすごく少なかったんです。私は事務局担当なのに、シェフのアシスタントや広報業務、ときには通訳まで務めて、それはもう大変でした(笑)。そのうち自分でイベントを企画させてもらえるようになり、大規模なイベントが実現する楽しさとやりがいを感じました。そして、ここでしか学べないことをすべて吸収したいと考えるようになりました。就業時間を超えても22時半頃まで職場にいて、洗い物を手伝いながら授業を見学したりしていました。同じカリキュラムでも、期が違ってシェフが違うと、料理に対するアプローチの仕方が違ったりするんです。それも興味深くて。学校の運営体制がまだこじんまりしていたからこそ、いろいろな経験ができたと思いますし、名だたるフランス人シェフたちの身近で料理を学べて幸運でした」

優れたフランス人シェフたちと間近で接しているうちに、渡辺さんのフランス料理に対する意識も、少しずつ変わっていきます。

「“フランス人は働かない”なんていう人もいますが、それは大きな誤解です。シェフたちは、ものすごく働きます。たった一皿の料理を作るために、ものすごいエネルギーを使って準備していました。新しくてかっこいい料理をやりたくて『クラシックなんて古い』と思っていたのに、それを見て、どんどんクラシックなフレンチの魅力にはまってきました。その当時から、すでに時代の流れで継承者が少なく、早かれ遅かれ、消えていくかもしれないテクニックや生きた知識を今のうちにもっともっと勉強したい!と思うようになりました」

こうして「ル・コルドン・ブルー東京校」に5年間勤務し、料理留学の費用を貯めた渡辺さん。渡仏前の半年ほどの間、『料理の鉄人』をはじめとする料理番組のフードコーディネーターチームの一員として働きながら、一方でレシピ開発も行いました。

「『料理の鉄人』での経験の影響は大きかったです。チームのボスも女性で、こういった仕事では開拓者。その知識量と行動力、判断力、勇敢さは圧巻でした。先輩方も皆、ものすごくよく働いていました。最善のものを形にするためには、労力を惜しまない。働くこと、とりわけフリーで働いていくということ、いいものを作り上げるというのはこういうことなんだと、背筋が伸びる思いでした。また番組では、時代をときめく料理人が来て、ガチンコで料理を作る。その熱気に触れて、料理の厳しさを再確認すると同時に、一度封印したはずの想いがあふれてきました。『自分もやっぱり料理がしたい!』と。年齢も上になっていたので、最後のチャンスだと肝に銘じ、ともかく一度、必死にやろうと決意しました」

イタリア料理を知って、フランス料理を見つめ直す!?

こうして、満を持してフランスで料理を学びはじめた渡辺さんですが、そこで新たな壁にぶつかります。

「ずっと憧れていたフランスなので、毎日が充実していました。だけど、不器用でフランス人のDNAを持っていない私が、壮大なストーリーを持つフランス料理というものに少しでも近づくにはどうしたらいいのかと悩むようになって。ヨーロッパ圏の文化がすぐに理解できず、言葉も完璧ではない。限られた時間とお金のなかでやりたいことがいっぱいあっていつも必死で取り組んでいたのに、私が焼いたケーキは膨らまなくて、時間つぶしに遊びで来ていると公言しているような、お化粧バッチリで授業もさぼってばかりでやる気もないスペイン・ギャルのクラスメイトのケーキがきれいに膨らんで、なんて不条理なんだろうと……」

そこで渡辺さんは、フランス料理のルーツとされるイタリア料理を勉強すれば理解が早まるのではと、イタリアの料理学校へ行くことを決意。ところが、国境を越えるとフランスとはまったく異なる国民性に愕然としたと話します。

「フランス人シェフたちの働くキッチンはいつも、どこも、ぴりっとした緊張感に満ちていました。その雰囲気も、そこで生まれる哲学的で理論的、アート性の高い料理にも惹かれていたので、気楽な ゆるい雰囲気のイタリア人シェフたちにびっくりして(笑)。たとえば授業で、前の日に水から茹でていた鶏を今日はお湯から茹でていた、ということがあったとします。その理由を尋ねたとき、フランス人シェフは自分の哲学があって、明快にその違いを説明してくれるんですけど、イタリア人シェフだと『え、そんな風にしてたっけ? 日本人は細かいねぇ』って言われちゃう(笑)。だけど、でき上がったイタリア人シェフの料理もすごく美味しいんです。『料理ってなんだろう?』って深く考えさせられましたね」

そんなイタリアでの経験から、そのときはフランス料理に惹かれる気持ちを強めたという渡辺さんですが、今、じわじわと響いているのがイタリアでの日々だといいます。

「私が触れていたフランス人シェフたちはもれなく、料理中に作業が滞らないようにと事前に材料や道具をきちっと準備をしていましたが、イタリアでは料理中にハーブを外に摘みに行ったりするような大らかさがありました。当時は思いもしませんでしたが、あのゆるやかなイタリアの空気に触れた経験がボディーブローのように効いていて、貴重な留学時代にイタリアでも学んで良かったと思います」

「そのあとフランスに戻ってからも、自分が望むようにテクニックが上達する実感が持てず、どこかで『自分は料理の神様にそっぽを向かれているのかも…』と思って過ごしていたのですが、ある日料理中にふと、『あ、今、料理が自分の手の中に入った…!』と思う瞬間がありました。行けるかもしれない。もっとがんばろう。もっと先へ行きたい!と思ったのです」

キャリアを支える長い下積み

帰国後は、フードコーディネーターの仕事を再開し、一つ仕事を終えるたびに次の仕事につながり、気づけば料理家としてここまでやってきたという渡辺さん。手掛けた仕事のクオリティの高さと前向きで温かい人柄が、継続的な仕事に結びつくという点は、ぜひ学びたいところ。また、好奇心旺盛で引き出しが多いことも、料理家として信頼される由縁です。

「“自分が頑張れば飛んでいける”くらいの感覚になってきたのは、ここ7~8年くらい。私は器用でもないし天才型でもないから、経験を積むという意味で、長い下積みは必要なプロセスでした。今の時代に合ったやり方かはわからないですし、それを経験したからといって必ずしも料理家になれるわけではありませんが、地道なスタイルが私には合っていました」

不器用を自称する渡辺さんですが、料理家として独立し、数々の料理関連のメディアで活躍しながら、ベストセラーのレシピ本を次々と生み出せた秘訣は何だったのでしょうか? その理由を、料理家を目指す人へのメッセージとして、尋ねてみました。

「“こんな食材を見つけたり、調理法を思いついたりしたけど、皆さんもやってみませんか? 楽しいから!”と思って作っているのが、私の本。だから、長い間、書店で売っていただいたり、他の媒体でも同じようなテーマが取り上げられるのは、いたずらが成功したようでとてもうれしいです。ただ、料理家の仕事はきれいな部分だけを取り上げられがち。他の料理家さんたちもあえて苦労話を語らないのかもしれませんが、もっとドロくさい世界だと私は思います。それから、サービス精神がないと料理の仕事は難しいと思います。今は働くことに関する法律が厳しくなっていますが、それだけで割り切れない、割り切りたくないことも多いはず。私なんて、たった1本の理想のニンジンを求めて、電車を乗り継いで、お店を3~4軒探し回ることもあります。自分のお客さんや生徒さんでなくても、料理をする場に自分が携わっている以上、調理だけでなく、買い物や洗い物、掃除にいたるまで、心を使うべきことはたくさんあります。相手があってこその料理だからです。料理はお鍋やお皿の中だけでなく、もっともっと広い範囲を含めてのものだからです。それをちゃんと意識できるかは、とても大切なことだと思います」

仕事とプライベートを分けている人も、仕事が趣味の延長という人も、自分がどのスタンスでそれをするのかを考えることも重要だと渡辺さんは続けます。

「自分の実力や持っている才能を俯瞰で見る習慣がないと、思い違いをしたり、人と比べて不安になったり、もらえる対価を自分で判断できなくなったりして、モチベーションを保つのが難しくなると思う。私の場合、仕事とプライベートを分けられない性格で、1日中料理のことばかり考えていたので、それがつながって今、こうしてお仕事をさせていただけて本当に幸せだと思っています。この先、もしも今のようにレシピを発表させていただける華やかな場がなくなったとしても、周りの人たちには自分の料理を提供することができる。場所を変えても続けていけるのが、この仕事のいいところだと思います」

料理人だけの特権を享受する

とにかく“料理が好き”という想いにあふれる渡辺さんにとって、料理は人と人をつなげるコミュニケーションツールのような存在という。 「単純に料理やお菓子を作る工程が楽しく、食材や出来上がりの料理が美しいから好きなんです。ときどき、“頑張って数時間かけて煮込んだのに、家族が5分で食べるからがっかり”というような話を耳にしますが、私は材料を仕込む過程も大好きなんです。たとえば、ハーブやレモンをたっぷりとまとわせて、お肉なんかをマリネするときの景色の美しさや、煮込んだ紫玉ねぎにビネガーを加えたときのふわっと発色するマジックみたいな感じ、それからトマトを生から煮込んだときにクタッと崩れていく美しさや凝縮していく匂いもたまらないなぁと(笑)。あれは作っている人しか見られない景色であり、嗅げない香り。だから、他の誰かのためではなく自分のために、料理をすること、それは絶対に手放さない!って思っています」

撮影/平松唯加子 取材・文/江原裕子

渡辺麻紀
料理家。白百合女子大学仏文科卒業。大学在学中より、フランス料理研究家の上野万梨子氏のアシスタントを務める。氏の渡仏後、「ル・コルドン・ブルー東京校」に5年間勤務して独立。フランス、イタリアへの料理留学で研鑽を積み、テレビの料理番組などのフードコーディネーターを経て、現在は「ELLE gourmet(エル・グルメ)」などの雑誌や企業へのメニュー提案やレシピ開発などを手掛ける。

料理から製菓まで、手掛けたレシピ本は多数。どのタイトルにも渡辺さんの食への情熱と探求心がつまっていて、初心者でも作りやすく、味が決まると評判。なかでも初めての著書『キッシュ』(写真右/池田書店)と『ごちそうマリネ』(写真左/河出書房新社)は、重版が続くロングセラーに。


国内外で持ち歩き、食べたものやレシピのアイデアなどを描きとめたノート。高校生のときから記録を取り始め、今ではダンボール1箱分にも上るそう。スマートフォンのカメラ機能も便利ですが、撮った後の整理の手間を考えると、今でも写真よりも手描きが好きと渡辺さん。


フランス南西部の伝統料理で、鴨のコンフィやソーセージ、白インゲン豆を煮込む「カスレ」を作るための土鍋は、スペインとの国境に近いフランス・カルカッソンヌで購入。「都心や通販で何でも買える日本とは違い、当時のフランスではその地域でしか買えないものも多く、出合ったらその場で買って、抱えて持ち帰っていました」


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