料理家 渡辺有子さん【私の駆け出し時代】

季節の素材の魅力を引き出し、シンプルに味わう料理を得意とする渡辺有子さん。ていねいな暮らしぶりやセンスある器づかいなど、そのライフスタイルも常に注目されています。ナチュラルなのにスタイリッシュ。そして、物事の本質を大切にしている料理やそのスタイルを形づくってきた歩みを聞きました。

2018年07月12日

魅力的なビジュアルから引き寄せられた料理の世界

作る料理と同じように、自然体な親しみやすさを覗かせながらも、独自のスタイルを築く渡辺有子さん。渡辺さんが青春を過ごした80~90年代は雑誌が全盛だった時代。愛読していたファッション誌『オリーブ』(マガジンハウス)を見て、料理家という仕事があることを知ります。

「オリーブの世界観が大好きで、料理と器を含めたスタイリングに心惹かれました。学生だったのでページがどう成り立っているのかがわからず、こういうシーンで料理の仕事をするにはどうすればいいか、どうやったらこの世界に入れるかを考えたり調べたりすることからはじめました。大学生の頃、見よう見まねで料理やお菓子を作り、スタイリングをして、写真を撮って、一冊にまとめたりもしましたね」

その後人を介して料理家に手紙を書き、大学を卒業してすぐにアシスタントとして働くことになり、合わせて2人の料理家のもとで4年半ほど修業を重ねました。

「最初についた先生は、大好きだった『オリーブ』とはカラーの違う雑誌で活躍する料理家さんでしたが、独り立ちするまでの間にいろいろな経験ができたおかげで、仕事人としての私が形成されたと思います。学生のときの自分と、社会人になってからの自分では、性格も含めて大きく変わりました」

また、料理家のアシスタントのほかに、編集プロダクションや雑貨店、飲食店のアルバイトを掛け持ちしていた渡辺さん。雑用係として働くはずの編集プロダクションでは、取材や原稿の執筆、撮影の立ち合いなども経験。料理とは遠い場所にあると感じられた業務のため、もどかしい気持ちで取り組んでいたという時間が、今では代えがたい経験になっていると振り返ります。

「取材原稿を書いた経験がレシピや文章を書くときに役立っているし、料理撮影の現場でもスムーズに対応ができる。チームで仕事をするときに、全体を把握し、俯瞰で見られるようになったのも大きいです。また、料理家として“こういうものが作りたい”というのをきちんと伝わるように表現することを学びましたし、ディスプレイを任された雑貨店では“そこにある物をどう置いて自分らしさを出すか”という経験を積むこともできました。料理家は料理だけできればいいという仕事ではないですし、ムダな経験はひとつもありません」

早く大人になることを求められた子ども時代

渡辺さんに憧れ、そのセンスを吸収したいと願う女性たちが数多くいるなか、数々の著書を通じて、料理はもちろん器選び、暮らし、着こなしなど、自身のアンテナに掛かった魅力的なモノやコト、さらにはその美学までをも伝え続けてきました。では、自身はどのようなものに触れて、センスというものを磨いてきたのでしょうか? アシスタントからスタートした料理家としての長いキャリアを通じて経験したこと、出会った人たちから受けた刺激や影響は少なからずありますが、幼少期から考えると、アートディレクターだったお父さまの影響が大きかったようです。

「父は子どもに多くを与えず、自分で考えて作り出すことを求める人でした。自宅のカレンダーは私と兄、姉が毎月交代で数字から手描きで作らなければならず、そこに予定を書き込んでいましたし、クリスマスツリーも模造紙で手づくり。持ち物は、子ども用のものではなく大人と同じものを与えられ、絵具箱はプロの画家が使うようなシックな木の箱でした。ランドセルもピカピカではなく地味なもので、みんなと同じものが欲しいのにっていつも思っていました」

まるで小さな学校のようだったという渡辺家。年始にはそれぞれが一年の目標を立てて実行し、夏休みには独自の課題図書が出て感想文を書き、家族旅行をしたら絵を描いて提出する。高校生になると、アルバイトではなくその時間を使って美術館に行くようにといわれていたというエピソードからも、子どもたちにはいつも豊かな時間を過ごして欲しいと、お父さまが願っていたことがうかがい知れます。

「料理家を志したのは、両親から“手に職を持ち、早く自立するように”と促されていたことも理由のひとつなんです。年齢を重ねるほど、良い仕事ができるようになるのが職人だから、と。でも、それがプレッシャーでもあって、自分にできることは何なのかを、ずっと自分に問い続けている学生時代でした。子どもにしてみれば、それはあまりにも苦しかったのですが、そのおかげで考える力がついたと思います」

キャリアを重ね、新たなステージへ

これまで、メディアを通じて料理やそれにまつわる周辺のモノやコトを発信してきた渡辺さんですが、ここ数年の間にアトリエを構えて料理教室をスタートし、厳選した器やカトラリー、エプロン、そしてオリジナルのフードなどが購入できるセレクトショップをオープン。生徒やお客さんと直接触れ合える時間と場所を持つようになった、その心境の変化を尋ねてみました。

「これは自発的というよりも、夫に促されてというところがありました。数年前までの私は、雑誌や書籍のお仕事をいただいて料理家としてやってこられて、これからもそんなふうに続けていこうと、何の疑いもなく思っていました。それなのに、ある日突然夫に、『まだまだやれることがたくさんあるのに、なんで何もやらないの?』って言われて、『え? 私、何もやってないの?』ってびっくりして(笑)」

旦那さまの言葉の真意は、“もっといろいろなことができる実力を持っているのに、それを出し切らないのはもったいない”ということ。腰が重く、考えて慎重に動くタイプを自認する渡辺さんですが、その言葉に背中を押され、新たな一歩を踏み出そうと考えを巡らせた末に、人とつながれる場所を持つことを決めたといいます。

「これまでは、雑誌や本などでしか料理を発表していなかったので、私の料理がどう受け止められているかを知る術がありませんでした。でも、教室では生徒さんから直に感想を聞けて、自分が伝えたいことも明確になる。雑誌や書籍だけでは見えなかった部分を、もう一度見直すきっかけにもなりました。はじめたときは不安しかありませんでしたが、そんな心配はまったくいらなかったというくらい、生徒さんとのつながりがありがたいですね」

教えることに重点が置かれるレッスンでは、段取りもレシピの制作プロセスも、メディアの現場とはまったく異なると、渡辺さん。特に、メニュー出しにはとても苦労をしているといいます。そこには、生徒たちに日々のためになることをできるだけ得て帰って欲しいという強い想いが込められています。

「季節を先取りする雑誌と違い、料理教室のレシピは材料がそのときにちゃんとスーパーに並んでいて、翌月くらいまで作れるものが望ましい。そして、食材や調理法について、なぜこれを選んだかという理由が明確でなければなりません。一品一品においしく作れるポイントや調理に関する気づきをたくさん散りばめたいですし、前菜、メイン、デザート…という組み合わせ全体にも意味を持たせたい。また、みんなが作りやすく、家でも繰り返し作ってもらえる料理を伝えたいけれど、すでに知っているという内容では困るし、新しいことも織り交ぜる必要がある。とにかくポイントがたくさんあって、最終的に今回はこのメニューでいこうと確信が持てるまで、熟考に熟考を重ねています」

食から離れなければ、何でもできる

自然体な渡辺さんは、仕事についてもこれまでは自然な流れのなかで前に進んできました。それが、ここ数年の活動範囲や触れ合う人たちの広がりによって、そのスタイルを貫きながらも、新たなチャレンジをすることに肯定的になっています。

「料理家の枠は自分でもっと広げられるんじゃないか、料理家としてできることはまだまだあると思うようになり、やってみるようになりました。時間ってあるようでいて有限。だから、やりたいと思うことはどんどんやっていかないと。それに、食から離れなければ何でもできるのが料理家。いつか、子どもとお年寄りのために、食にまつわる何かをできたらとずっと考えています。自分で食べたいものを調達できる年代の人たちと比べて、子どもやお年寄りはその機会が持ちにくい。だから、彼らがおいしいものを食べて、幸せだなぁ思って過ごしてもらえるような場所を作りたいんです」

一方で、旅に出たり、器のことを調べたり、美術館に行ったりといった引き出しを増やすために使っていた時間は、以前ほど積極的には行わなくなったといいます。大きい心境の変化があったわけではなく、これも自然な流れ。これまでの蓄積をベースに、ゆるやかに積み上げていきたいと話す有子さんは、キャリアを重ねたことで、インプットからアウトプットへと仕事の比重が移りつつあるのかもしれません。

「私は専門が家庭料理で、季節のものをきちんと伝えたいという想いは変わりませんが、日々の食の大事さを堅苦しくなく伝えていきたいと思っています。今、食に興味を持つ人と持たない人が二極化してきている。でも、食べることがただの栄養をとる行為ではありたくないし、どちらの方向にも行き過ぎることなく、あたり前の家庭の味とその良さを伝えたい。食べる人のことを思って作るとか、シンプルだけど大切なことはたくさんあります。料理が天職なのか考えてみたこともありませんが、私には料理の仕事しかないな、とは思っています」

撮影/福田喜一 取材・文/江原裕子

渡辺有子
料理家。東京生まれ。書籍や雑誌、広告など、メディアを中心に活躍。季節の素材をいかしたシンプルながらも上質な料理に定評がある。ナチュラルなライフスタイルも人気で、レシピのほか、器などのツール、着こなし、暮らしにまつわる連載も手掛ける。2015年にアトリエ「FOOD FOR THOUGHT(フードフォーソート)」を立ち上げ、料理教室や食にまつわるイベントを開催。2017年には同名のセレクトショップをオープン。

レシピ本を中心に著書も多数。有子さんの世界観が形になっていて、女性はもちろん、上質な暮らしを求める男性にも人気です。5月に発売になった『料理と私』(晶文社)は、そんな有子さんの料理との付き合い方や人生観までが詰まった、キャリアの集大成ともいえる書き下ろしのエッセイ集。


「季節の瓶詰め(3本セット)」は、有子さんが手掛けるショップ「FOOD FOR THOUGHT(フードフォーソート)」のオリジナル。フルーツのジャムや野菜のピクルス、豆のマリネなど、その時期に最高の旬の味わいを詰め込んでいる。商品に関する問い合わせはHPから。FOOD FOR THOUGHT


金沢の作家、竹俣勇壱さんの「サーバースプーン」は、持ち手の短さと薄さ、つぼの深さのバランスが絶妙で、使い勝手抜群の愛用ツール。「お鍋から何かをすくったり、炒め物をしたり、取り分け用にお皿に添えたりと、キッチンでもテーブルでも使える。気がつけばこればかり手に取っています」


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