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「困りごと」をレシピで解決したい

インタビュー
2019年09月11日
多くの著書の出版が続く料理研究家の堤人美さん。一貫して持ち続けている“届けたい想い”とは、「料理に対するハードルを下げること」。日常の何気ない瞬間にある「困ったこと」に目を向け、少ない食材や調味料でとびきりおいしく作れる料理を目指して日々奮闘している堤さんに、本作りについて、そしてこれから出版を目指す方へのアドバイスを伺いました。

「困っていること」にこそ本の企画になるヒントがある

ただ、何冊も著者として手がけるようになると、ちょっとした変わり種を加えたくなってしまうもの。
「日本中どこでも手に入る食材で特別なスパイスや調味料は使わず、ごく普通に、と心がけているんですが、ちょっとしたバリエーションが欲しくなってしまうんですね。アシスタント時代はシェフや料理家の先生が珍しいスパイスや調味料を使いたいというのをお願いして変えていただいていたのに、今はその気持ちがわかるようになってしまいましたね(笑)」
そんな時に参考になるのが、身近にいる人たちの声。「普通だけど新しい」という何かを感じてもらえることを目指して、編集者やライターさんたちととことん話し合うのだとか。
「『これ知ってる』『これ見たことある』と思われるようなレシピにはしたくないので、普通の料理の中にある『何か困っていること』を意識して探します」
例えば、堤さんの著書の中でもっとも売れているのが、2013年10月に出版された『材料入れてコトコト煮込むだけレシピ』と翌年9月の『材料ならべてこんがり焼くだけレシピ』(どちらも主婦の友社)の2冊。「出版後、『だけの人』と言われたくらい、この2冊は売れています。そのくらい材料や手順が少ないということが求められているのだとわかりました」
ちなみにこの2冊の制作に参加したライターが編集を担当したのが、同年10月に出版された『ひと鍋パスタ』(新星出版社)。こちらも「ひと鍋だけ」で作れる手軽さをうたい、料理のハードルを下げるという想いにかなう本にしました。
この「だけ」という考え方はその後の本でも活用されることに。例えば、単身赴任中のご主人から「野菜を洗ったり切ったりするのって面倒だね」という声から生まれたのが、1種類の肉に1種類の野菜で作る『肉サラダ』(グラフィック社)。また、ご主人が「私の本の中でもフライパンで作れるレシピばかり探して作っていた」と聞いて、『かんたんに作れるフライパンで蒸し料理』(家の光協会)や『煮込み料理はフライパンで』(立東社)の企画の元につながります。
「底の深い鍋よりも、フライパンのほうが浅くて洗いやすい、調理中も扱いやすいということから出た発言だったんですよね」
そういった小さな何かに気付けることは、本の企画においてはとても重要なのだといいます。

最近では、かんたんレシピを作ることだけでなく、本としての見せ方にもこだわるようになったのだとか。
例えば前述の『かんたんに作れるフライパンで蒸し料理』や、こんもりと盛り上げたパクチーとえびの表紙が印象的な『香り野菜が好き!』(家の光協会)は、写真の撮り方やスタイリングについて、スタッフ全員であれこれ協議し工夫を重ねたものだそうです。
「シンプルな調理のレシピを1冊にまとめるのですから、手にとっていただく価値のある1冊にするためにはどうすればいいのかと考えたら、『この料理は、このタイミングがもっとも美しくおいしそうに見える!』というところで撮っていただきたいと思って。だからカメラマンさんには調理過程からずっと追っていただき、湯気がふわっとしている瞬間を撮っていただきました。盛り付け方もこだわっています」
また「忙しい時ほど炒め物ばかり作る」という編集者と堤さんの意見が一致して生まれた『肉炒め』(グラフィック社)では、ごはんはきっちり写っていないけれども明らかに皿の横にある、ということが感じられるスタイリングで撮影されています。その結果、表現したかったことがすとんときれいにまとまった「お気に入りの本」になったのだそうです。

限られた条件下での『何か』を探して

とはいえ、本が売れなくなっている昨今、どうしたら売れる本が作れるのかという命題は、多くの著書を持つ堤さんといえども真摯に取り組んでいかねばならない重要課題。だからこそ今年は昨年に比べて少しゆっくりしたペースに落とし、単行本の制作より雑誌の依頼を多く受けるよう心がけて、考えたり、リサーチしたり、新しいことに挑戦する機会を設けているといいます。
「雑誌は世の中の流行りの最先端を手がけることができますし、今までやっていなかったことを担当させていただけます。意識して自分の幅を広げていかないと。もはや家庭の、毎日のおかずを普通に提案するだけでは難しいと思います」

それでも、「限られた狭い世界の中にも、実は『これが知りたかった』と言われるテーマがいくつもある」と堤さんはいいます。
「そこを私は狙って、感度を高くして探し続けています。料理は難しいという人の気持ちのハードルをいかに下げられるか、テーマやレシピで工夫し、当たり前を壊す『何か』をプラスすることに注力します。
これから本を出したいと願うのであれば、当たり前とされていることの1歩半ほど下がった地点で探してみてはどうでしょうか。きっと『何か』があるんじゃないかと思います」
堤さんは、「本になった瞬間に私のレシピは私のものではなくなる」ともいいます。「レシピが一人歩きして、そのご家庭の味になっていくのが料理家としての私の喜びです。本をきっかけに料理してみようと思っていただける本作りをしていきたいですね」
今年もあと2冊分の撮影が控えているという堤さん。ますます感覚を研ぎ澄ませ、いつの時代にも求められる「困りごと解決法」をレシピに落とし込むべく、今日も撮影に、取材に、調理のためにキッチンに立ち続けています。

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撮影/山下みどり 取材・文/綛谷久美

プロフィール
堤 人美さん
料理研究家。テレビ番組の裏方や料理研究家のアシスタントを経て2008年に『まいにち、圧力鍋』で料理家デビュー。雑誌や書籍、イベントで活躍するほかNHK「きょうの料理」や「あさイチ」などに出演。ご主人との二人暮らしの中で生まれた料理や実践術が実用的と幅広く支持されている。
 
はじめての著書
『まいにち、圧力鍋』
2008年9月発行
主婦と生活社
B5判、平綴じ、112ページ