ワタナベマキさん 【著者に聞く、話題の料理本出版記】

若干20代の女性が作る四季折々の食材を使ったお弁当ケータリングから始まったひとつの物語。おいしいお弁当は、時代の最先端を読む雑誌編集者の間でたちまち評判になり、料理家デビューを果たしたのが料理家のワタナベマキさんです。2006年の処女作出版以来、最新刊を含めて著書の数はなんと67冊にも上ります。自然で丁寧な暮らしを実践する様子がうかがえるワタナベさんに、本作りについて伺いました。

2019年07月10日

事務所の食部門担当が本職に、そして料理家デビュー

今回ご紹介するのは、料理家のワタナベマキさんです。ちょうど、NHKの長寿番組「きょうの料理」で「ワタナベマキの初夏の手仕事」が放映された頃の取材となりました。
「『きょうの料理』は何回かに分けて収録していただいたので、まさに1年がかりのお仕事でした」というワタナベさん。テレビや雑誌での華やかな活躍が印象的ですが、「メインの舞台は本づくりです。テレビのお話もいただくようになりましたが、私の仕事のキャリアスタートは本づくりに関わることだったので、これまでも本の仕事を第一優先にしてきました」と言います。
そもそもワタナベさんが料理の仕事をスタートしたのは、グラフィックデザイン事務所「サルビア」でデザイナーとして働いていた頃。ある時、「どうしてこのデザインにしたのかと説明しようとしてもうまく言葉にできないのに、料理だったら説明できた」ことに気づきました。「私の師匠」とワタナベさんが言う事務所代表のセキユリヲさんに「料理がやりたい」と相談すると、「サルビアの衣食住分野のうち、“食”の部分を担当してみれば?」と、「サルビア給食室」=事務所「サルビア」の食部門が立ち上がりました。
「自宅で祖母が料理教室を主宰していたので、料理は小さい頃から身近なものでした。でも、仕事としてやるなら基礎をきちんと習得したほうがいいからと師匠から許可をもらい、サルビアの仕事をしながら1年弱、調理師学校に通いました」
事務所の台所で調理し、友人や知人から預かったお弁当箱に料理を詰めて、週2回ほど届けるという活動をスタートさせたワタナベさん。2005年当時はまだ「ケータリング」という概念が広まっていなかった頃で、ワタナベさん自身もサルビア給食室のまかないをおすそわけする感覚だったそうですが、事務所に出入りするカメラマンや編集者などを通して評判は徐々に広まっていきました。旬の素材を生かしたやさしい味付けの飽きのこないお弁当の評判が一人歩きするように、どんどんファンを増やしていったのです。個人へ届けていたお弁当が会社や撮影隊のロケ弁など、団体注文になるまでにそう時間はかかりませんでした。
「当時はロケ弁というと揚げ物一辺倒のイメージがあったからでしょうか、ありがたいことにモデルやタレントさんがいる撮影現場で野菜たっぷりの私のお弁当が重宝がられたのです」
気づけば一度に作るお弁当は30個ほどにもなり、運ぶのもひと苦労に。二足のわらじを履き続けるのも辛くなってきました。

「お弁当の仕事がある日は始発で事務所に行って作っていたんですが、それも20代で若かったからできたんでしょうね」
ちょうどその頃、つながりのあった作家さんの個展でケータリングを引き受けるなど、サービスの幅も広がりつつありました。そんな中、雑誌『MORE』の企画でお弁当ページを担当することになります。
「MORE編集部からよくロケ弁を依頼されていたんです。それで今度お弁当の企画をやるから『ワタナベさん、やらない?』と声をかけてくださって」
それがワタナベマキさんの名前が世に出るきっかけになりました。2005年のことで、掲載されたお弁当は、当時は珍しかった曲げわっぱに詰められたもの。大評判になったといいます。
「その時の誌面をたくさんの編集者が見てくださっていたと後で聞きました。あるお店でケータリングをした時に、MOREのお弁当特集を見ていたヴィレッジブックスの編集者さんもいらして、私の料理を実際に食べてくださって。それで『本を作りましょう、お弁当をテーマにしましょう』というご依頼をいただきました」
こうして、処女作の『サルビア給食室だより』は2006年5月に出版されることに。ワタナベさんが作る料理にぴったりなやさしいトーンのイラストが誌面を彩り、旬の生かし方、食材がもつ本来の味を生かしたレシピ、竹かごや筍の皮、ホーロー容器を使ったスタイリングなど、ワタナベさんのセンスが存分に発揮された誌面が評判を呼びました。

そして間をおかず、主婦と生活社の編集者からも依頼が舞い込みます。2冊目の『サルビア給食室のおいしいおべんとう手帖』は2007年2月に、3冊目のサルビア給食室の週末ストックと毎日のごはん』は2008年2月に出版されました。新人料理家だった渡辺さんですが、ほんの2年の間に3冊もの著書を出す売れっ子になったのです。

自然体でていねいな暮らしを実践する憧れの料理家へ

実はワタナベさん、この3冊の出版の間に独立、結婚、出産という人生の大変換期を迎えていました。
「2006年の秋に事務所を辞めて料理家として独立をしたんですが、ちょうど結婚も重なり、2007年に出産しました。この頃は料理本がとても流行っていたと思います。ママ料理が求められていた時代だったのもあって、私の料理も受け入れられたんじゃないかと思います」
確かに2005年からの数年間を振り返ってみると、ブログ発信の料理本がヒットして新しいマーケットが生まれ、家族のために作るごく普通のごはんが注目された時期でした。ママ向けを謳った新雑誌の創刊もありました。また、90年代後半にアメリカで始まった“LOHASブーム”が日本にも波及し、「自然体」で「ていねいな暮らし」が憧れのライフスタイルとされるようになった頃です。MOREのお弁当特集にあったように、お弁当を曲げわっぱという天然素材を使ったお弁当箱に詰めるワタナベさんの姿は時代の先駆けだったのです。2冊目の『サルビア給食室のおいしいおべんとう手帖』の表紙写真も目を引きました。
「実家にも曲げわっぱがあったのでよく使っていたんです。2冊目の出版時期が春だったので、ごはんの上に桜の塩漬けをのせてちょっと季節感を出したりもしましたが、おかずはふだんから私がよく作るものばかり。売れた理由としてひとつ言えるとしたら、ケータリングをしていた時の経験がとても役立ちました。私自身も育児で忙しい時期でしたが、その時の経験があったので乗り切れたんだと思います」
というのも、ケータリングは家庭での食事準備と同様に進めていたら間に合わないため、ストックのおかずづくりが必須。そして毎日のお弁当作りにもストックおかずが欠かせません。それが1冊目、2冊目に生かされただけでなく、3冊目の『〜週末ストックと毎日のごはん』につながりました。昨今の料理界のトレンドキーワード「つくりおき」を、すでに実践していたというわけです。
「本にするテーマは、基本的に私がふだんから実践していることばかりなんです。なので、もし私にとっては不得手な『電子レンジで時短おかず』のような依頼があったとしたら、『得意ではないのでこちらのテーマならどうでしょうか』と逆に提案してみるようにしています」
ワタナベさんは「できません!」と頭から否定することはないといいます。「それは難しいけれども、こちらならどうか」という代替案を出して編集者とのすり合わせを試みるのだそうです。「読者が何を求めているのか」というもっとも大切な部分を話し合いながら見つけていく過程をとても大切にしたいからだと言います。
「本作りはチーム作業です。編集さんをはじめ、ライターやスタイリスト、カメラマンなどたくさんのプロフェッショナルの力が集まって出来上がるもの。私ひとりの力ではとてもとても。みなさんと話し合いながら、ああでもないこうでもないと言いながら進めていく現場が大好きですし、現場で盛り上がる本は、やはりいいものになっていくような気がしています。本を作るのは意義のある仕事だと思うんです。今のように本が売れない時代であっても、チームで知恵を出し合い、力を合わせていい本を作れば売れると信じたい。いえ、信じています」

チームで協力しながら作る本づくりが大好き

本づくりにこだわって仕事をしてきたワタナベさん、デビュー以来の著作は、2019年6月28日に発売になったばかりの新刊を含めると計67冊にものぼります(共著、雑誌・付録等は除く)。多い年にはほぼ毎月新刊が出ていたこともあってこの冊数につながっているわけですが、それほどの依頼が続くこと、実現させてしまうこと自体がまず驚異的です。
「いえいえ、もう、いつも私の足りないところをプロのみなさんが助けてくださるから!」と謙遜するワタナベさんですが秘訣はあるのでしょうか。

「編集さんは転職(転社)されることも多いので、別の会社に移った先でお声がけいただいたり、後を引き継いだ方が続けて依頼をしてくださったり。
最近は撮影しながら次の本の企画を練ることも多いです。もちろんその時作っている本が売れなければ実現する話ではありませんが、お付き合いの長いチームになればなるほど『次はあれ』という話をしていることが多いです。打ち上げの席で決まることもありますよ(笑)」
ワタナベさんに関して言えるのは、「とにかくいい人」と周りに思わせずにはいられない雰囲気の持ち主であること。これはチーム作業においては重要なファクターです。初対面の人が自然と笑顔になってしまうやさしい雰囲気を醸し出すワタナベさんですから、現場の空気感が無理なくまとまっていくのかもしれません。「一緒にまた仕事をしたい」と思わせる人柄に加え、依頼のひとつずつを丁寧に真摯に対応していく信頼感を感じさせます。

2015年料理レシピ本大賞で2冊同時入賞

そんなワタナベさん、2015年の料理レシピ本大賞の【料理部門】では、家の光協会から出版した『冷凍保存ですぐできる絶品おかず』と、主婦と生活社の『そうざいサラダ』は2冊同時入賞を果たし、売れっ子料理家の名にますます拍車がかかります。どちらもワタナベさんが料理家として活動し始めた初期からの、お付き合いの長い版元です。
『冷凍保存〜』は毎日の料理が少しでも楽に作ってもらえるようにと提案。解凍してすぐ食べられる常備菜や焼くだけにした主菜の冷凍ストック。あるいはストック袋に十字の線を入れて小分けできるようにした工夫など、見ただけで調理工程や出来上がりのイメージが湧くインパクトのある表紙デザインでした。
『そうざいサラダ』は野菜がたっぷり摂れるだけでなく主菜にもなる「そうざい風」サラダの提案が、健康志向が進む時代のニーズを上手にキャッチ。実用的なレシピが評価されたのです。
「料理本は作ってもらってこそだと思っていましたので、この2冊が受賞できたのは本当に嬉しかったです。油染みがついたような使い込まれた本を見るとじんわりしてしまいます。ずっと手元に置いていただける本を作っていきたいですから」

最近は、「私の“好き”をたくさん詰め込んだ」というニッチなテーマに挑戦してみることも増えてきました。ワタナベマキさんがお気に入りという3冊がまさにそれ。
『アジアのごはん』(主婦と生活社)は学生時代からよく旅行していたというアジアの料理をワタナベさんらしい作りやすいレシピでまとめたもの。『かけるだけ、あえるだけ醬の本』(家の光協会)は手作りの醬でいつものおかずとは一味違う一品にしようという提案。また『グラタン・ドリア』(誠文堂新光社)は、「子どもの頃からグラタンとドリアが好きで好きで」と作ってしまった1冊。いずれも「ニッチを味方につけると本の出版への道に近づける」とワタナベさんが言うジャンルです。表紙のデザインもとても素敵です。
「本作りは1人ではできないことなので、人を巻き込むことも重要だと思います。そして誰にも負けない自分の強みを見つけること」
仲良しのライターさんと一緒に企画書を作って提出しているのは「プロの意見を聞いて次に生かすようにしたいから」と言います。「なかなか(企画は)通らないんです」と笑いますが、挑戦してみることの重要性をワタナベさんはよくご存知のよう。

また、1冊目の出版から10年が経った頃から少しずつ冒険的なテーマに挑戦するようになりました。『香草・ハーブレシピ』(産業編集センター)はアートブックのようなデザインで、これもワタナベさんが気に入っている著作のひとつ。最近では、玉ねぎやじゃがいも、たまごという素材をベースに展開していく「食の方程式シリーズ」(誠文堂新光社)という斬新な試みにも挑戦しました。
今年も新刊の撮影予定が続くそうですが、「流行りものより確実においしく作れること」にこだわる姿勢を崩さないワタナベさんの本全体に安心感が漂います。そこに依頼が絶えない理由があるのかもしれません。

撮影/山下みどり 取材・文/綛谷久美

プロフィール
ワタナベマキさん

料理家。グラフィックデザイナー時代に「サルビア給食室」名義でお弁当のケータリングを開始し、その後、料理の仕事を始めて独立。雑誌や書籍でのレシピ提案やテレビ出演、講演など幅広く活動中。東京・世田谷にオープンした『STOCK THE PANTRY』も話題に。

 

はじめての著書
『サルビア給食室だより 』
2006年5月1日発行
ヴィレッジブックス
B5判、平綴じ、94ページ

 

料理レシピ本大賞【料理部門】2015年入賞
『冷凍保存ですぐできる絶品おかず』
2014年5月26日発行
家の光協会
B5判、平綴じ、96ページ

 

『そうざいサラダ』
2015年3月13日発行
主婦と生活社
A5判、平綴じ、127ページ


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