ネームバリューを上げるために有名シェフの元へ
都内のパティスリーで修業した後、フランスに渡り星付きレストランで働きながら、製菓だけでなく幅広く食材の知識を得て帰国した大山さんは、自身のパティスリーを出すことを目指して準備を進めます。その総仕上げとして携わったのが、石井真介さんがオーナーシェフを務める「シンシア」でした。
「シェフの石井(真介)さんには、『シンシア』が2016年にオープンする1年前にお会いしました。『将来は自分の店を持ちたい。有名な石井シェフの下で働くことで、自分のネームバリューを上げたいんです』ということを伝えたんです」
レストランでは、デザートをその店のパティシエが考案しても、シェフの料理としてメディアで紹介されることが多い。しかし大山さんは、自分が考えたデザートは、自分のデザートとして発信したいと、石井さんに交渉します。これを認めてもらった大山さんは、デザートに関するメディア取材が来たら自身が取材を受けるなど、シンシアのシェフパティシエとして仕事に取り組みます。
「自分のお店を開いたとして『おいしい』とか『おいしくない』という部分は、自分たちの力量の話で、自分たちで改善することができます。だけど、『有名になる』というのは、自分の力だけで実現することはかなり難しい。有名なシェフにプッシュしてもらうのが一番早いと思ったんです」
そして2018年にシンシアは、「ミシュランガイド東京 2019年版」で一つ星を獲得。シェフパティシエとしてその栄誉を受けると、大山さんの名前はトップパティシエとして広く知られるようになったのです。
店内に入ると、開放感のある空間に驚く。商品の販売スペースとキッチンがひとつの空間となるようなオープンキッチンは、パティスリーでは珍しい。
デザイン性の高いキッチンやショーケースがある一方で、むき出しのコンクリートや木目の床など、手触り感のある素材を使用した部分もある。「整理され過ぎた部屋だとくつろげないように、お店のなかにも崩した部分を入れたかった」と大山さん。
自分の店を出すことがゴールではない
「アマゾンカカオのシュークリーム」や「ティラミス」、「モンブラン」、「フィナンシェ大納言」など、多くの人気商品を生み出す大山さんですが、どれもシグネチャーディッシュにしようと思って作ったものではないといいます。
「お店をオープンする前から、周りから『早くシグネチャーを作って発信しないと』と言われていたのですが、僕はそれをずっと拒否していたんです。だって代表作は、自分で決めるものではないですよね。お客様がおいしいと思って、口コミやSNSで広げてくださったものが、お店を代表する商品になると思うんです」
もちろん商品を作る際には、お客様がこの味をどう思うかということを考えるといいます。それでも、大山さんは自分の味覚を信じて、自分がおいしいと思う食材を使ってお菓子を作り続けます。
「誰かが良いと言っているからといって、それを鵜呑みにしないことは大事だと思います。たとえば今、たくさんのブランドフルーツがありますが、僕は甘いだけのフルーツは使いません。酸味がしっかりあるものを選んでいます。そういった味覚の根幹は、フランスで学んだことです」
「手段を目的にしないこと」と大山さんはいいます。店を出すことが目的ではなく、出した店を流行らせて、経済的にも成功する。そしてその店を次の世代に引き継ぐ。そこまでをゴールにしてやっと、店はうまくいくのではないかと考えているのです。
「目標を高く設定することです。お菓子でも、おいしさの幅を狭めて狙っていくことで、クオリティを高めることができる。1000人に届けるつもりでやって、その結果10人にしか届かったとしても、それは価値が違うと思うんです。もちろん、実現可能な夢でないといけません。僕が青木定治さん(パティスリー・サダハル・アオキ・パリ)を目指すわけではないのと同じです。目の前の可能な範囲の目標を立て、先を見据えて進まないといけないと思っています」
大山さんの代名詞ともいえる「アマゾンカカオ」。シンシア時代から愛用している。「他のカカオとの大きな違いは、酸味にあると思います」と大山さん。
「カメラに詳しい方に言われるがまま買ったものです」と大山さん。Instagramの写真は大山さん自ら撮影している。「個人のブランディングとして、シンシア時代からInstagramを戦略的に使っていて、届きやすい時間など、自分なりに狙って更新しています」。