
インド人の祖父が興したインド食材の貿易会社「インドアメリカン貿易商会」の三代目でありながら、日印混合インド料理集団「東京スパイス番長」や「カレー将軍」のメンバーとしてさまざまなカレーイベントを実施して、スパイスカレーブームを先導してきたシャンカール・ノグチさん。現在は、オリジナル商品の開発、コンサルタントを務めるなど、「貿易商・調香師」という肩書を超えた活動をしています。「シャンカール・ノグチさんと仕事をしたい」と思わせる魅力とは何かを探ります。
三代続くスパイス貿易商で量り売りを始めた20代
「インドアメリカン貿易商会」は、ノグチさんの祖父L.R.グラニさんが興したインド食材の貿易会社です。祖父の時代からカレーの中村屋などの得意先をもつなど、日本のインド食材卸としては老舗を引き継いだノグチさんは、祖父の代から築いてきた信頼を保ち、品質を重視しながらも、それまでやってこなかった直接販売を始めるようになります。
「20代初め(1990年代)に、当時では珍しいスパイスの量り売りを『プランタン銀座』などの百貨店で始めたんです。しかし実際にスパイスを香ってもらっても『すごいわね』で終わってしまって。あの頃はまだ、スパイスを楽しめる文化はなかったですね」
それでも自作のレシピカードを付けたり、小麦粉を使わないヘルシーさやトウガラシの発汗作用などの機能性を丁寧に伝えていったことで、少しずつ量り売りが軌道に乗りはじめます。
さらには、鎌倉市の材木座海岸で、バングラディッシュ人の友人と夏に海の家を経営して、本格的に人にカレーを食べてもらうようになったのもこの頃からです。
「インドからスパイスが入ってきたら、商品がどんな状態なのかいち早く試さないといけないので、カレーを作ることは常にやってきました。それに海の家でカレーを作るというのは、その時点では、スパイスを販売することよりも大事なことだと思ったというのもあります。でも一番は楽しそうだったから。20代は、フットワークを軽く色々なことをしていましたね」
“本業”のスパイスの輸入販売に平行して、プライベートでは東北や四国などの朝市を、食に携わる仲間たちと旅しながら見て回っていました。その土地にしかない食材を見つけては「この食材にどうスパイスを合わせるといいのだろう?」と、イメージを膨らませます。キャンプや食事会でカレーを作ることも多く、20代はスパイス使いの引き出しを増やしていく時間だったとノグチさんは振り返ります。
「インドと日本の気候は全く違います。だから食材も違うんです」とノグチさん。たとえばカレーでよく使うタマネギをとっても、インドのものは日本よりも小さくて味が濃いので、スパイス使いにもギャップがでます。そのためノグチさんは、インドからスパイスが届いたら、必ずカレーを作って試します。
チームの一員でいることが自分に合っている
2008年、ノグチさんは、食事会で一緒になって以来、交友があったカレー研究家の水野仁輔さんが立ち上げた「東京カリ~番長」に貿易主任として加入します。
「東京カリ~番長」は、料理とは関係のないように見えるサウンドクリエイターやイラストレーター、DJなども所属する出張カレー料理のユニットです。クラブや音楽イベントなどでカレーを作るというパフォーマンスによって楽しい空間を生み出すことに価値を置いた、前衛的な活動スタイルをもっています。
ちょうど、現在も人気店として知られる「ダバ・インディア」のような南インド料理が知られ始めたころ 。しかし基本的にはまだ、インドや日本で学んだ現地の料理の“型”を再現するのがインド料理店の姿でした。そんななか、カレーを日本のエンターテイメントに取り込もうとした東京カリ~番長は、現在のスパイスカレーの先駆的存在といわれています。
「僕は一人でやるよりも、チームに属するのが好きなんだと思います。スポーツもサーフィンと野球をやっていましたが、野球の方が合っている。チームにいると瞬間ごとに関係性がわかるじゃないですか。『アイツ、今日のあのプレーでいい味だしたな』とか『今日、調子がいいかな』とか。そのなかで自分ができることを精一杯するのが好きなんです」
ノグチさんの活躍は、友人たちの集まりが派生してうまくカレーブームの波に乗ったように見えますが、「友だちを続けながら仕事をするのはすごく難しい」といいます。友人と仕事をするうえで気を付けているのは、「対等に仕事をやり終えられるかどうか」だとノグチさんはいいます。
「対等でやり終えれば、そのあとにいい関係にもなる。単純なことですがギャラが出たら半々にするとか、お金のやりとりを透明にするとか、そういうことでいいんです。大学の4年間をアメリカで過ごしたこともあって、『コミュニケーションは対等でないといけない』ということが前提になっているからだと思います」
東京スパイス番長のメンバーでインド西部のラジャスタンを旅したことも。左から水野仁輔さん、ノグチさん、ナイル善己さん、メタ・バラッツさん。