「ミシュラン・ガイド」で一つ星を獲り続けているレストランのオーナーシェフが、ファミリーレストランチェーンの「サイゼリヤ」でアルバイトをしている!? そんな衝撃的な記事(「目黒の星付きイタリアンのオーナーシェフは、サイゼリヤでバイトしながら2億年先の地球を思う。」)がアップされたのは、2020年3月3日のことでした。翌日には「ライブドアニュース」でシェアされ、またたく間にSNSで広がりました。
シェフの名は、東京・目黒にあるイタリア料理店「ラッセ」のオーナーシェフ、村山太一さん。コロナ禍でもいち早く感染防止に関するレギュレーションを独自に定めながら営業を続け、同時にラッセのスペシャリテである「ラビオリ」の通信販売を開始。オンラインとオフラインを駆使した展開で、3月から5月はトータルで黒字経営を守ったといいます。ウィズコロナ・アフターコロナの世界で、シェフであり経営者でもある村山さんは、今何を考えているのでしょうか。
マーケットインとプロダクトアウトをごちゃまぜに
20代でイタリアの三つ星レストランで修業して帰国し、店を開けば翌年にすぐに一つ星を獲得。料理の技術も知識も十分にもった「一流」と呼ぶにふさわしい料理人がなぜ、サイゼリヤでアルバイトを始めたのでしょうか。
「サイゼリヤは、イタリアンレストランチェーンでは、日本で断トツの売り上げを残す企業です。さらに、創業者の正垣泰彦さんの著書のタイトルにもなっている『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ (日経ビジネス人文庫)』が表す通り、徹底的なマーケットイン(顧客のニーズを優先した商品開発)で利益を上げている企業でもあります」
料理人の個性やレストランのブランディングによって顧客を獲得していくラッセのような高級価格帯のレストランは、プロダクトアウト型(製造側の発想から商品を開発する)といえます。それとは真逆のビジネスモデルであるサイゼリヤに学ぼうとしたのは、「ラッセを安定させたかったから」と村山さんは言います。
「一つ星をいただいてはいましたが、まだまだラッセは、小さな会社で安定と呼べるような経営ができていませんでした。一方で僕が修業してきたイタリアの『ダル・ペスカトーレ』は、ナディアさんという絶対的な個人のブランド力があって成り立っています。それを見ていると、ブランドになるとマーケットインもプロダクトアウトもごちゃまぜになっていることに気づいたのです。『ラッセもブランドになるためにごちゃまぜにしよう』。そのために、ラッセの真逆にあるサイゼリヤで学ぶ必要があったのです」
アルバイトをしたことで、飲食店における生産性の向上、作業の効率化などラッセの欠点が数多く浮き彫りになりました。早速ラッセの各行程を改善。850万円だったスタッフ一人当たりの年間売上を、2019年度は1,900万円まで上げることができたといいます。
村山さんの著書が8月に発売されます。『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトをするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』(飛鳥新社/2020年8月19日出版予定。)料理人なのにレシピ本ではなくビジネス書が初めての著作になるのも村山さんらしさと言えます。
コロナ禍でラッセがやるべきことが早く実現できた
コロナ禍でラッセは、27歳ながら入社9年目の料理長、渡邊理奈さんをはじめ若いスタッフたちだけでラビオリの通信販売事業を立ち上げます。2人前10個入りで1,000円。梱包を極限までシンプルにし、渡邊さんが書いたイラスト付きのラビオリの作り方を同封し、家庭で楽しみやすい商品、購入しやすい価格設定を目指したといいます。
「店舗で提供するラビオリと同じ素材を使っていますが、店舗で提供するラビオリと通販商品のラビオリはまったく同じラビオリではないんです。例えば真空パックして冷凍する際に折れにくい形にしたり、ソースを湯煎で加熱するだけで良いようにしたり、若いスタッフ達が独自に考えました。ラッセが全力で作っているクオリティを、お客様にご家庭で再現していただけるように様々な工夫を凝らしているんです」