僕は、お客様と仲良しだから選んでもらえている
かわいい猫をあしらったブリキ風の缶に、薄く繊細な焼き菓子のラングドシャが詰まっています。この兵庫県尼崎市のパティスリー「リビエール」のラングドシャが、お取り寄せのお菓子としてインターネットで人気になると、6月1日には、東京・渋谷のスクランブルスクエアに、10日間限定で初出店。連日開店前に長蛇の列ができ、商品は即日完売する人気ぶりだったといいます。
地元に根差したお菓子屋さんから、全国にファンを持つパティスリーへ。オーナーパティシエの西剛紀さんは、「自分が認められることよりも、目の前の人に喜んでもらえることをやるだけです」といいます。
「ラングドシャ」は、先代のレシピにバニラシュガーを加え、お取り寄せしても割れにくく、軽い食感になるように粉の配合などを変え、2019年2月に生まれ変わった。現在は、「婦人画報のお取り寄せ」などで販売している。
数字を見直して、選んでもらえる商品を作る
薄い円盤型の形から「猫の舌」(langue de chat)の名前が付けられたフランスの伝統菓子「ラングドシャ」。父・正男さんが1982年に開いたリビエールを引き継ぎ、2019年に2代目オーナーパティシエになった西さんが、先代のレシピを元に、素材や分量の配合を変更して2019年2月に販売を再開しました。
「ラングドシャはリビエールを引き継いでから、販売をやめていた時期がありました。それを決めたのも実は僕なんです」と、西さんは打ち明けます。「父が作ったお菓子を作るのが嫌だったんです。今振り返ると自分の能力を、誰かに示したかったんだと思います」。
2008年から3年間、フランスに渡って製菓を学んで帰国。リビエールに入社した西さんは、2代目への道を歩みます。フランスで修業してきたことを認めてもらいたい。そんな想いで仕事をしていましたが、その想いは会社の経営に反映されず、想いだけが空回り。しだいに社員も離れていってしまいます。
そんな頃、税理士の先生と西さんはリビエールを引き継ぐため、店の会計を見るようになります。このとき、「こんなに昼夜を問わず働いているのに、まったく儲かっていないじゃないか」と、ショックを受けたといいます。自分が正しいとか、こうじゃないといけないといったことにこだわっても利益が出せないなら改めるべきではないか。まずは、きちんと利益を出せる商品を作って、会社と従業員を豊かにしていかないといけない。そう考えて作り上げたのが「ラングドシャ」でした。
西さんは常に、自分自身やお客様、商品の味、会社や社員の豊かさなどを、レーダーチャートのような多角形でイメージしているといいます。自分だけの想いで商品を考えれば昔に逆戻り。お客様のことだけを考えれば安いだけになって、会社が持たない。それぞれがバランスよく広い面積であることを目指しているといいます。
完成したラングドシャは、リビエールだけでなく、西さん個人のSNSでも何度も紹介。地道な努力が実を結び、2019年末には、雑誌『婦人画報』の公式通販サイト「婦人画報のお取り寄せ」で取り扱いが始まると一気にブレイク。ピーク時には1日200缶も製造するなど、全国から注文が殺到しました。
「ラングドシャは1缶2,800円で、決して安くはありません。でも僕は、本当にこれが欲しいと思う人に、買ってもらえるお菓子を作ろうと思ったんです。お菓子の世界では、お客様が喜ぶことは、商品を安くすることだと思いがちです。たとえば、100円でほとんど利益がでないシュークリームで人気が出ても、それをやめたら、きっとそのお店にいらしていたお客様は他の安いお店を探していくだけなんです」
ラングドシャには、幼少期からのラングドシャの思い出を綴った手紙が同封されています。「リビエールを創業した父への感謝の気持ちを込めています」と西さん。