亡き母に最後に贈ったカーネーションのケーキ
2020年5月9日、西さんは、母の日を前にカーネーションのケーキをTwitterに投稿しました。それは、4月27日におよそ1年間の闘病の末に亡くなった母、久子さんに贈る最後のケーキでした。
お菓子屋になった頃はよく母の日に下手くそなケーキ送ってました。いつからかケーキは送らなくなりました。なのに今年は今までできなかったチョコレートのカーネーションまで練習して作りたくなった。できるようになったけどもうお母さんにプレゼントできない。ボクは本当にバカ。絶対喜んでくれた。 pic.twitter.com/rknAlXlM7x
— 西 剛紀 洋菓子店リビエール (@nishitake0525) May 8, 2020
「それまで何度挑戦してもできなくて、結局お母さんに渡せなかったカーネーションのケーキがあったんです。今年できなかったらこの先、一生できないだろうと思って、お葬式が終わってから毎日練習していたら、母の日を前にようやくできたんです」
こうして完成したケーキの美しさと、西さんの正直な母への想いが、多くの人の心を動かしました。ツイートには、27.5万もの“いいね!”がつき(2020年7月18日現在)、朝の情報番組『めざましテレビ』でも取材されることになりました。そしてそのツイートには、西さんを心配したり励ますたくさんのコメントが寄せられました。さらに有料で作り方を教えてほしいというメッセージが西さんに直接届きます。
「たくさんの人が温かい言葉をかけてくださり、テレビに出させてもらったり、お母さんとの別れという悲しいことの中に、いい思い出をたくさんいただけた気がしました。なにか恩返しというか、喜んでもらえる方法ってなんだろうと考えたときに、カーネーションのケーキの作り方をインスタライブで公開しようと思ったんです」
インスタライブには700人もの視聴者が集まり、配信を観た人が渋谷の催事に来店したといいます。「もともとは、お母さん一人に喜んでもらいたかったことなんですが、少しずつ喜んでもらえる方が増えて、その度に、また喜んでもらえるように努力する。当たり前のことなのですが、それを続けているだけなんです」。
「ここ数カ月間は、あたらしいケーキの試作をしっかりしていきたい」と西さん。尼崎までわざわざ来訪するお客様に喜んでもらえるものをたくさん用意しておきたいからだといいます。
Twitterはお店でお客様とおしゃべりしているイメージ
渋谷スクランブルスクエアでは初日に100人もの人が開店前に並び、翌日以降も整理券待ちの列ができました。コロナ禍でわざわざ買いに来てくれたお客様にできることがないかと考え、開店前に西さん自ら列に並ぶ一人ひとりにリビエールの「ベルランゴ」(キャンディ)を配っていたといいます。どんなときでも「お客様によろこんでもらえること」を徹底してし続けるという西さん流のブランディング法が見えてきます。
「僕は、お菓子を売っているけど、お客様とのコミュニケーションをとても大事にしています。だからTwitterでは、ちょっと遠くにいるお客様とおしゃべりしているような感覚でやっています」と、西さん。だから、自分自身の愚痴を言わないし、人の悪口も言わない。コロナ禍でも政治に対する不平なども発信しませんでした。「そんなことを、お客様は聞きたくないと思うので。僕も聞きたくないですから。自分がされて嫌なことはやらない、ただそれだけです」というのがSNSでの西さんのスタンスです。
「東京へ来たら、自信がなくなるぐらいおいしいケーキ屋さんがいっぱいあります。僕は高い技術を持っているわけでもありませんし、有名店で修業してきたわけでもありません。だけど、ずっとお客様とお話しするようにSNSをしてきたら、みなさんに僕のことを知ってもらえた。僕は、みなさんと仲良しだから選んでもらっているのかもしれません。僕はそれがすごくうれしいです」
食に関わる他の職業でも同じではないかと西さんは言います。例えば料理を教える料理家に3人の子供がいたとすればそういったパーソナルなテーマもSNS上で発信すれば、時として自分と近しい環境にいる教室を探している方を生徒さんとして惹きつける結果になるかもしれません。SNS上や教室の場で「私も子供が3人いて毎日大変です」という話になったり、相手から子育ての話を教えてもらうこともあるでしょう。
「料理教室を選ぶなら、より気が合う人を選ぶ人が多いと思うんです。私は、こんな料理ができますということだけではなくて、会いたいと思えるような人が見える料理教室が選ばれるようになると思います」
「ラングドシャ」に続く、リビエールの新商品第2弾が「マノン」。西さんの3番目の娘の名前からとったチョコレートサンドは、カカオニブを加えて、ザクザクとした食感とビターな香りで可愛らしくも、すこしだけ大人な印象がします。「マノン」の成長を、西さんはとても楽しみにしているそうです。