特集記事

ANTCICADA 篠原祐太さん

インタビュー
2021年01月19日
料理人をはじめ、料理にまつわるスタイリストやフードコーディネーター、カメラマンなど、食を支えるクリエイターのインタビューをお届けする連載。料理への向き合い方、仕事観、読者のスキルアップのためのノウハウなど、食を支え、未来を描こうとする様々な職種の方々の料理に対する考えや思いを語ってもらいます。

やがて迎える食糧難、そして地球環境の変化という人類の重大局面を打開するひとつの切り札として「昆虫食」が挙げられています。昨年5月には「無印良品」からコオロギせんべいが発売され、注目が集まりました。2021年の食のトレンド予測の上位にノミネートされる昆虫食の先駆的存在が、昆虫食レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」のオーナー、篠原祐太さんです。2015年には、東京のラーメン店「凪」とコラボレーションしてコオロギラーメンを発売するなど、早くから昆虫食を紹介してきました。そして2020年6月4日の「ムシ(6・4)の日」にANTCICADAをオープン。昆虫食によって多くの人に「地球目線」で世界を見てもらいたいといいます。

食べることは、その生き物を理解し愛でる行為の一つ

ふっくらと蒸し焼きにしたアナゴは、清流に棲むザザムシを出汁に使ったバターソースの一皿で。濃厚なカボチャのスープには、リッチな味わいの蜂の子の赤ワイン漬けがアクセントになっていたかと思えば、鹿のステーキは、大量のイナゴを発酵させたイナゴ醤でいただく。ANTCICADAで出されるコース料理には、バラエティー番組の罰ゲームで見られるような昆虫食はどこにもありません。

「僕たちにとって虫は、肉や魚、野菜と同じ、地球の食材の一部。昆虫食で取り上げられていますが、僕たち自身は特別な食材だとは思っていません。ANTCICADAで目指すのは『地球料理』だからです」

東京・八王子に生まれた篠原さんは、幼少期から山の生き物に触れることが好きだったといいます。好きで好きでしょうがない虫や野草、木の実やキノコを食べることは、その生き物のことを理解しようとしたり、愛でたりする行為のひとつのゴールであり、篠原さんにとってはとても自然なことでした。しかし、そのことを長い間周囲に言えずに篠原さんは青年期を過ごしていたそうです。

「汚いから触らないで」という先生の教えや、「気持ち悪い」という同級生の昆虫に対する反応に対して、「どうして虫だけが嫌われなければいけないんだろう」という疑問を持ちながらも、人と違うという理由で一斉に攻撃されるような学校の中で生きるためには、隠し通していた方がいいと思っていたからです。例えば教室にゴキブリが出たとしても、心の中で「かわいい」と思いながらも、クラスの空気に流されて殺すこともできる。そんな自分に絶望していたともいいます。

「あくまで地球料理」がコンセプトであるANTCICADAの料理は、野山に暮らす野生の鳥獣をハントしたジビエもメイン食材として扱われる。写真は鹿肉のステーキ。付け合わせに蜂の子が使われている。

森をテーマにした木の実をふんだんに使ったチョコレートのタルト。“虫を使わない”料理もコース料理の中に登場する。昆虫を使うことが目的ではなく、食材を広くフラットに見ながら、その時期に「おいしい」と感じるものを使っていくことが「地球料理」の本懐だ。

 

“最強の仲間”が現れて昆虫食をカミングアウト

篠原さんに転機が訪れたのは、大学に進学した2013年のこと。国連の一機関であるFAO(国際連合食糧農業機関)が発表した『食品及び飼料における昆虫類の役割に注目する報告書』で、昆虫食が将来の食糧難や資源問題の救世主になると発表されたのです。

「20年近く本当の自分を隠してきた僕にとって、国連が仲間になってくれた感覚がありました。それでようやく虫を食べていることをカミングアウトできたんです」

大学在学中にSNSで昆虫食について発信するようになると、食材として興味をもったフリーの料理人や料理研究家から連絡をもらうようになります。一緒に山に入って虫を採りその場で調理して食べてみたり、コラボイベントで料理をしたりといった活動を在学中に行っていきます。2015年には、「ラーメン凪」と共同開発したコオロギラーメンを出すようにもなり、「昆虫食の大学生」としてSNSを中心に話題になっていきます。

しかし大学卒業が見えてきた頃、卒業後は自分の時間を100%使って昆虫食の活動をしたいと考えるようになった篠原さんは、コオロギラーメンだけでは越えられない壁を実感するようになります。

「コオロギラーメンに注目が集まる一方で、期間限定のイベントでの展開では、どうしてもお客様が“特別な体験”として認識してしまうんです。虫は最も日常に近い存在であるのが魅力だと思っている僕にとっては、正反対に伝わっているジレンマのようなものがありました。もっと継続的で日常的なあり方として虫を提案してくためには、イベントのように場所を移すのではなく、固定の場所でやり続けることにも意味があるのではないかと思うようになったのです」

「自分の店を持ちたい」と考えるようになった篠原さんは、ミシュランガイドで一つ星を獲得している和食店「うえ村」で週に一回、接客のアルバイトを始めます。カウンター越しに料理を出しながら、食材や調理のことをゲストに伝えていく大将の植村友二朗さんの姿から、食べる側の体験を尊重しながら想いを伝えていけるコース料理に魅力を感じたといいます。こうして、ラーメンとコース料理を同じ店で提供する現在のANTCICADAのスタイルが生まれたのです。

昆虫を食べるほど好きだったことを周囲に明かせず、自分の本当の存在を隠し続けていたこともあり、心から親友と呼べる存在に恵まれなかったという篠原さん。大学に入ってようやく告白できたことで、多くの友人を得ることができたという。

コオロギラーメンには、「フタホシコオロギ」と「ヨーロッパイエコオロギ」という2種類のコオロギからとった出汁と、コオロギ醤油、コオロギ麺、そしてコオロギの香りを移したコオロギオイルも使われている。

塩と麹、コオロギだけで作った「こおろぎ醤油」は、醤油よりも旨味は少ないがキリっとした塩味と芳ばしい香りが特徴だ。魚醤を使うように、醤油とは別の発酵調味料として選択肢の一つになるような、個性のある味わいに仕上がっている。コオロギラーメン、こおろぎ醤油ともにANTCICADAのオンラインショップで購入できる。

 

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撮影/大平正美 取材・文/江六前一郎

篠原祐太さん

1994年地球生まれ。慶應義塾大学卒。幼少期より地球を愛し、あらゆる野生の恵を味わう。昆虫食歴20年以上。「ラーメン凪」やミシュラン一つ星「うえ村」で修業し、食材としての昆虫の可能性を探求。現在は、数千匹の生き物と同棲しながら、虫料理開発、ワークショップ、執筆、講演と幅広く活動。狩猟免許や森林ガイド資格保持。

photo by Soichiro Suizu


ANTCICADA
住所:東京都中央区日本橋馬喰町2-4-6
電話番号:03-6881-0412
営業時間:
〈コオロギラーメン〉
日曜日 11:00~21:00
〈コース料理〉
金曜日 19:00(一斉スタート、予約制)
土曜日 12:00,19:00(一斉スタート、予約制)
定休日:月~木曜日
https://antcicada.com/