料理家 坂田阿希子さん【私の駆け出し時代】

テレビの料理番組や雑誌、書籍まで、幅広いジャンルで活躍する料理家の坂田阿希子さん。本格的な洋風料理から家庭料理まで、料理名やレシピを見ただけで、「これは間違いなくおいしいはず!」と思わせる、そんな料理やお菓子を数々生み出してこられました。そんな坂田さんに、誰にでも愛されるレシピを生み出せるようになった、これまでの歩みをお聞かせいただきました。

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2018年11月8日

どんなに疲れていても、いつも触れていたいのが料理

坂田さんが料理家として独立したのは30歳のとき。子どもの頃から好きだった料理本を作る人になりたいと、大学卒業後は料理雑誌を発行する出版社に就職。その2年後には料理家のアシスタントに就き、本格的に料理の道へ。さらに、フランス菓子専門のパティスリー、フレンチレストランでお菓子作りと料理の専門知識を学び、経験を積んでいきます。

「私は独立が遅く、独立してからも仕事が回るまでにはものすごく時間がかかりました。幼少の頃から食べることも料理も好きだったのですが、軽い気持ちで料理家になろうとは考えられず、絶対的な技術や哲学がないのに好きなだけでそれを職業にしようとは思いませんでした。でも、出版社で働いて、仕事でどんなに疲れていても料理だけはいつもやっていたくて、やっぱり料理を作る人になろうと思ったんです」

調理や製菓の学校へは行かずに、食を仕事にしている人たちが集まる現場で学ぶことを選んだ坂田さん。まずは、フランスで修業された伝統的なフランス菓子を作るシェフの元で伝統的なフランス菓子を学び、お菓子作りにのめり込んでいきます。

「お店では毎日、同じクオリティのものを同じスピードで提供しなければなりません。また、定番のお菓子を繰り返し作らなければならないから、それが自分のスキルになりました。毎朝早くから夜遅くまで働くから肉体的にはハードですが、いろんな生地に触れられて、新しい生地の作り方を覚えられて、目の前でどんどんおいしそうなものができ上がっていって、試食もできて、『こんなに楽しいことでお金がもらえるなんて最高だな』って思いました。お菓子には、繰り返し作るからわかる絶妙なタイミングや、それを習得していく瞬間のようなものがあって、ずっと失敗ばかりだったのに、ある日突然『できた!』『これだったのか!』とわかるんです。混ぜ方や温度、タイミングなど、本当にちょっとしたことで仕上がりが全然違う。細かなケアをすれば絶対に応えてくれるのがお菓子作りの楽しさですね」

4年半のお菓子の修業の後は、フランス人シェフが営む会員制のレストランにパティシエとして勤務。

「会員制のレストランだったこともあって、お客様も特別な人が多くて、外国の方も多数訪れる特別な空間でした。シェフが(フランス)プロヴァンスの人で、料理もとってもユニーク。普通のレストランとは違ってパティシエでも何でもやらなきゃいけなくて、いろいろ作らせてもらい、ほかではできない経験をたくさんさせてもらいました」

焦りや不安を感じたことがない

フランス菓子と料理の現場で6年のキャリアを積んだのちに、料理家として活動をスタート。独立したものの思ったような仕事もなく、悶々とする時間も多かったと話す坂田さん。

「平日はパソコンの入力のアルバイトをして、週末は料理教室を始めました。休みがありませんでしたが、平日のデスクワークは体力を温存できますし(笑)、料理のためにがんばることは楽しくて。料理教室のファイルを作って営業に行ったりもしましたし、出版社時代の先輩からお仕事をもらったり、カタログのお仕事やタレントさんの料理本作りに裏方として参加したりもよくしていました。不思議と不安になったり焦ったりすることもなく、『料理家になりたいなりたい』って必死だったというのともちょっと違って、『そのうち料理の仕事ができるようになるんだろうな』『自分には料理の仕事しかないから』と信じて、目の前のことにしっかり取り組んでいるような感じでした」

入力のアルバイトを通じてパソコンの基本的な操作を覚えた坂田さんは、このアルバイト経験も含めたすべてのことが、今につながっていると話します。

「おかげで原稿を書くのもレシピをまとめるのも、パソコン作業はまったく苦になりません。それに、料理とは全然違うジャンルの知り合いがたくさんできて、その後もいろいろ助けてもらっています。私のホームページは、そこで出会った人にずっと作ってもらっているんですよ。私にとっては、すべてが必要な経験だったと思っています」

そんな坂田さんが、料理家の仕事を受けたときに決めていたのが、オファーされた以外のことも含めて180%で返すこと。たとえば、朝からスタジオ撮影のときにはスタッフ用におやつを作って行ったり、最後まで残って片付けを手伝ったり。一生懸命なことを必死にアピールするというよりも、「みんなにこれを食べてもらいたい」「こうしたら現場が楽しくなるかな」という想いで自然に取り組んでいたといいます。

「そのうち、ご一緒させていただいたスタイリストさんやカメラマンさんが別のお仕事を紹介してくれたりして、どんどんお仕事が増えていきました。お仕事をいただくのに近道や秘法というのはたぶんなくて、このお仕事は人のつながりで成立する部分もある。受けたお仕事はきちんと行うのは当たり前なんですけど、自分や周りが楽しくお仕事できるようにするとか、周囲に目を向けていろいろなことに気づきたいということだけは常に考えていました」

意図的に作った転機

30代半ば頃の引っ越しも大きな転機に。大学時代からずっと同じマンションに住み続けながら仕事をしていた坂田さんが、初めて引っ越した先が、東京・表参道でした。

「お世話になっていたカメラマンさんに、『箱が変われば、それに合わせて自分も変わるから』と、引っ越しをすすめられたんです。家賃が倍くらいになりましたが、自分の覚悟が変わりました。仕事面では何が変わるかわからないけれど、そうやって自分に負荷をかけて2年間ぐらい頑張ってみようって思って引っ越した後、最初にいただいたお仕事が初めてのレシピ本(『キャラメルお菓子―32のレシピ 焼き菓子からアイスクリームまで』主婦と生活社)の出版のお話でした。都心にいると気持ちもフットワークも軽くなり、ちょうどいい具合にお仕事が回るようになっていきました」

自分はなぜ食べることや料理が好きなのかを、いつも考えているという坂田さん。住む場所が変わっても、料理に対する本質的な想いは変わりません。

「食べることは命をつなぐものでもあるし、レシピを伝え、それがまたその人の家庭の味になってずっとつながっていくっていうことは、ものすごく責任のあること。料理とはどういうことで、素材をどうすればおいしく食べられて、なぜその工程が必要なのかを伝えることが、私たちの仕事だと思っています。食べ物がもたらす不思議な力ってありますよね。すごく気難しい人が、実は大福が大好物って知ったら急にかわいらしく思えたり(笑)。食べ物を介すると親密な感じになったり、その人の生理的な部分を垣間見ることができたり、その人の性格や育ってきた環境まで伝えてしまうこともあるのが料理だと思っています」

自分らしいレシピって?

料理もお菓子作りも得意な坂田さんですが、料理とお菓子ではまったくの別人格で取り組んでいると話します。アプローチが異なるため、撮影の仕事ではお菓子と料理を同じ日にはできないというほど。

「私が料理で目指しているのは、ポテトコロッケやから揚げ、とんかつといったなじみのある普通の料理を、絶対的においしくするということ。だから、日本の洋食がすごく好きなんです。伝統的なフランス菓子を学び、フレンチにプロヴァンスのアレンジを加えた料理を学んだりもして、何が自分らしい料理なのかを考えたときに、最終的に決め手になったのは生まれ育った家が洋食一家だったということかもしれません。父が洋食好きで、母がよく洋食を作ってくれて、家庭でずっと食べてきた思い出があるものが一番腑に落ちるなって。そこに、旅で覚えてきたことや、新しい味の楽しさや発見を加えることもありますが、それを自分の中で消化して、みんなにレシピとして伝えたいというのが基本にあります」

一方のお菓子については、学んできた伝統的なフランス菓子が中心にあるといいます。

「お菓子は、特別な日に食べたり誰かにプレゼントしたり、思い出を作るものでもあるので、こう食べて欲しいと意識していることはあまりありません。最近は、カロリーオフやアレルゲンフリーのお菓子を求められていたりしますが、そのジャンルには専門家の方がいらっしゃいますし、私の作るお菓子をバター不使用にしたりやさしい味にしようという気持ちもありません。お菓子にはやっぱり伝統的なおいしさというものがあって、特に長い歴史の中で作り上げられたフランス菓子のレシピは絶対的な計算式。だから、それをあえて崩す必要はないと思っているし、王道や基本を伝えていきたいと思っています」

自分の色を出すと、的確なオファーが期待できる

独立後、仕事が回ってきたと実感できるまでに3年。それから約17年が経ち、ようやく自分が本当にのびのびやりたい仕事を提案できるようになったと話す坂田さん。同時に、キャリアが浅かったころのような企画ありきの仕事のオファーではなく、依頼される仕事の多くが「この仕事は坂田さんにしか頼めない」「これは坂田さんにやって欲しい」といった内容になっているそうです。やりたい料理や好きな料理を明確にし、周囲もそれを理解したことで、よい循環が生まれるのでしょう。

「課題も勉強することもまだありますが、やりたいことや伝えたいことの迷いはなくなりました。パティシエや料理人のように、修練していく美しさや潔さにも憧れますが、自分の料理をデザインというフィルターを通して作る、雑誌や本作りのお仕事は特に好きなことのひとつ。料理もお菓子もそうですが、写真を見ただけでちゃんとおいしいのかどうかがわかると思いませんか? レストランでも同じで、料理が目の前に出てきた瞬間にそれがわかる、すべてのタイミングがピタッと合っているからこその味。こうして作り上げた料理を切り取り、写真に収めて、ひとつの作品の形にしていくことが本当に素敵だなって。カメラマンさんやスタイリストさんの力も大きいのですが、写真の中から伝わってくる勢いみたいなものがすごく好きなんです」

坂田さんの手掛けたレシピ本は、レシピのおいしさや作りやすさもさることながら、センスのいい写真やデザインも含めてファンだという人も少なくありません。でも、坂田さん自身は、おしゃれな料理やおしゃれな本を意識したことはないといいます。

「自分の料理やお菓子にあった写真やデザインにして欲しいとは思いますが、おしゃれな料理を目指しているわけではありません。料理人は感性やセンスが大切ですが、センスを磨こうとも思っていない。お店にいた頃に思ったのですが、毎日真面目に出勤して仕事ができるからといって、いい料理が作れるかというと案外そうでもなかったりする。料理以外のことでインスパイアされることはたくさんありますが、センスを磨きたいと興味のない映画を観たり美術館に行ったりする必要はないし、それよりも好きなことを突きつめた方がいい。私は日々何気なく過ごしているけれど、料理や食べ物が好きだから何を見ていても料理に結びつけてしまうところがあります。海外のドラマを観ていて、食事のシーンやちょっとしたセリフの中から生まれたレシピもたくさんありますよ」

撮影/大木慎太郎 取材・文/江原裕子

坂田 阿希子(サカタ アキコ)
新潟県生まれ。大学卒業後、料理雑誌を発行する出版社に勤務したのち、本格的に料理の道へ。料理研究家のアシスタントを経て、フランス菓子専門店、フランス料理店などで料理の修業を積み、30歳で独立。料理教室「studio SPOON」を主宰するほか、雑誌やテレビ、レシピ本の出版など、多方面で活躍。

料理からお菓子まで、多彩なジャンルのレシピ本を手掛ける坂田さん。どれもユニークで同じ内容はひとつとしてなく、その引き出しの多さは折り紙付き。写真・左/まるでコーヒーテーブルブックのように洗練されたハードカバーのお菓子のレシピ集「CAKES」(NHK出版)には、作り方のポイント動画が見られるQRコード付き。写真・右/和洋中からカレーまで、料理教室の人気レシピをまとめた「SPOON 坂田阿希子の料理教室」(グラフィック社)。


独特の風合いが好みで買い集めているというアンティークのお菓子の型。「だいたいフランスの蚤の市で手に入れていますが、同じ形のものが2つとなくて、どれもとても気に入っています」


料理やお菓子作りに欠かせない調味料とスパイスは、フランスの老舗食品ブランド「MAILLE(マイユ)」のピクルスの空き瓶に入れて、魅せる保存を。


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