30歳で渡仏 家庭最優先の料理家人生

インタビュー

フランスの家庭や伝統の味を、その魅力を保ったまま日本でも手軽に再現できるレシピに変換し、著書や料理教室を通じて伝え続ける料理家のサルボ恭子さん。フランス仕込みの洗練された手法と世界観は、女性のみならずワインや料理好きで意識の高い男性からも支持されています。そんなサルボさんが大切にしているモノ・コトから、センスの秘密を探ります。

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2019年03月13日

それまでサルボさんは、料理をするときにレシピを見るということをしていませんでした。高校時代に学校の事情で親元を離れていたときも、お母様の料理を見よう見まねで作っていたとか。

「母や祖母はもちろん、師事していた叔母からも手取り足取り料理を教わったことはありませんでした。だから実際に食べて、自分の奥から出てくるものをレシピにするといった感覚が昔からありましたし、レシピは食べ手によって変える必要があるとも思っていました」

成績優秀だったことから履修期間が短くなり、8カ月で研修資格を取得。そして、パリ屈指の名門ホテル「オテル・ド・クリヨン」(以下:クリヨン)で働くことに。それは、コルドン在籍中に親しくなった当時のクリヨンのシェフから、サルボさんを採用したいと連絡があったことで叶ったもの。製菓コースを卒業したため書類上はパティスリーでの採用でしたが、パティスリーとキュイジーヌの両方を体験しました。

「街場にもおいしいお店はたくさんありましたが、クリヨンのような格式高い場所にはコルドンのような正規ルートでしか入れません。当時のクリヨンは二ツ星のメインダイニングで、フランス料理界の最高峰。パティスリーのシェフはクリストフ・フェルデールさんで、とてもレベルが高くて学べることも多かったのですが、私は料理人気質だったのでほぼキュイジーヌにいました。厨房にはたくさんの人がいて、毎朝クリーニングルームに行って、真新しいコックコートを身につける。そしてみんなと握手して、朝の挨拶からはじめる。とても紳士的ですよね。使っているお鍋はすべて銅製で、食器はもちろん一流のものだし、カトラリーはクリストフル。サービスマンも一流で、とても貴重な経験ができたと思います」

ホテル内にはセカンドレストラン、パティスリー、バンケットもあり、バラエティ豊かな料理の現場を見ることができたもの、そこを研修先に選んだ理由のひとつ。最高のサービスと最高のスタッフ、最高のお客さんを見せてもらうことができたと付け加えます。

「ギリギリの状態でサービスしていて、すごくいいチームワークで回ったりすると、言葉を超えた信頼関係ができると感じました。厨房に日本人は私だけで、最初は語学力が足りなくてたいした仕事をさせてもらえず、つらい思いもしました。でも、日本人は器用だし気が利いて先回りするから、周囲がだんだんそれに気づいて重宝されて、仕事を任されるようになりました」

家庭を最優先にした料理家人生のスタート

職場に溶け込み、シェフたちとはプライベートでもつき合うほど仲良くなり、毎日が充実。一方で滞在資金が底をつき始め、日本にいる叔母様からも帰国を催促されるようになったのがフランスに渡ってから2年経った頃でした。永住権はなく、フランスに一生いられるわけではない。後ろ髪を引かれながらも日本への帰国を決意して、再び叔母様の元で働くようになりました。

フランスで学んだことを活かして働いて欲しいという叔母様の願いに対して、フランス菓子を生徒たちに月替わりで紹介し、販売をスタート。カヌレやガトーバスクなど、フランス伝統菓子を作り、これが料理の仕事でお金をもらう初めての体験になりました。

「お菓子がやりたかったわけではないのですが、どんな経験も蓄積すれば財産になる。叔母は、クラスを持つこともすすめてくれたのですが、私は裏でサポートするのが好きで、アシスタントが心地よかった。だから期待に応えられないのが心苦しく、結婚を機に一区切りつけさせてもらうことにしました」

その後、しばらくの間は家庭に入っていましたが、料理のスキルを活かさないのはもったいないという旦那様のすすめと、料理を教えて欲しいという人たちの声に押され、自宅でフランス料理のレッスンを開始しました。

また、フランス料理研究家・上野万梨子さんと料理家・有元葉子さんのアシスタントを兼務。2人の実力派料理家に、アシスタントを兼任することを快く了承され、フリーランスの料理アシスタントとしても活動します。それでも仕事はフルタイムではなく、家庭と子育てを優先する時期が長く続きました。

メディアでの初めての仕事は、レシピ本の出版

料理家になるきっかけは、フリーの料理家アシスタントをしていた縁が運んだもの。プロのシェフ向けに販売されていた鋳物ホーロー鍋「ストウブ」を使ったレシピ本の著者として、白羽の矢が立ったのです。

「スタイリストのchizuさんが行っていたケータリングの調理サポートをしていて、そのマネージャーさんの紹介で、私が自宅でストウブを愛用していることを知った当時の代理店の方が声をかけてくれました。その頃、有元さんのお客様の料理を作るなど、料理を振る舞う機会がたびたびあって、多くの仕事はそんな風に私の料理を食べてくれた人がつなげてくれました」

こうして、2008年秋に初のレシピ本『ストウブで作る フレンチの基本 MENU BOOK』(実業之日本社)を出版。chizuさんも制作に参加した今でも色あせないスタイリッシュなレシピ本で、料理をすべて真俯瞰(真上から見下ろしたアングル)で撮った写真は、画期的でした。

「chizuさんがディレクションしてデザイナーも指名してくださり、売れる本を目指したというよりも作りたい本を作らせてもらいました。タイトルで“基本”とうたいながら、内容は本格的なフレンチ。それがベストなら手に入りにくい素材でも使って欲しいといわれ、この本の料理を家庭で作るのはなかなか大変です(笑)。今心掛けている再現性の高いレシピ本とは違ってひとつの作品のようで、手元にとっておきたい、世界観が好きといっていただくことが多く、特に業界の方に受けました」

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撮影/大木慎太郎 取材・文/江原裕子

サルボ恭子さん
料理家。東京生まれ。フレンチの料理家である叔母に師事し、2000年に渡仏。「ル・コルドン・ブルー・パリ」を経て、「オテル・ド・クリヨン」のメインダインニングのキッチンとパティスリーで研鑽を積む。帰国後、フリーの料理家アシスタントをしながら、自宅にて料理教室を主宰。2008年末に初の料理本『ストウブで作る フレンチの基本 MENU BOOK』(実業之日本社)を上梓。現在は、料理本の制作、W料理教室のほか、メディアや企業へのレシピ提案など、料理家として幅広く活動。著書に『夜9時からの 飲める ちょいメシ』(家の光協会)、『作りおき オードヴル』(朝日新聞出版)、『「ストウブ」だからおいしい、毎日レシピ』(河出書房新社)など多数。

https://www.instagram.com/kyokosalbot/

https://www.facebook.com/kyokosalbotofficial/

フランス料理をはじめ、幅広いジャンルのレシピ本を手掛けるサルボさん。左から、“塩、こしょう、水を除き材料は5つ以内”、“作り方は3ステップ”という、簡単でおもてなしにもなるフランス料理のレシピ本『いちばんやさしいシンプルフレンチ』(世界文化社)。前菜からメイン、スープ、デザートも紹介。『サルボ恭子のスープ』(東京書籍)は、スープストックを使わず、素材のうま味が溶け込む滋味にあふれたスープの教科書。『おかずは3品でOK! サルボさん家の毎日弁当』(講談社)は、食卓のおかずやおつまみにもなる全142のレシピ集。作り置きを活用しながら、負担になりがちなお弁当作りを無理なく続けられるルールと共に紹介。


1980年代、多くの少女たちを魅了した『赤毛のアンの手作り絵本1~3』(絶版)は、子どもの頃から今でもとても大切にしている特別な本。カナダのプリンスエドワード島・グリーンゲイブルスを舞台にした「赤毛のアン」のエピソードをモチーフに、ストーリーにちなんだ料理や手芸を教える手作り本です。「親族がこの本の料理を担当された城戸崎愛先生に料理を習っていて、私と妹の名前付きでサイン本をプレゼントしてくださって。アンの世界観や、物語に登場する料理やお菓子、刺繍などが大好きで、何度も何度もページをめくりました。ハードカバーで、中身もしっかりと丁寧に作られていて、本が全盛だった時代の書籍はすごくいいなぁと実感します」


スパイスやナッツ、ドライハーブなどの保存に愛用している、フランス・シャンパーニュ地方生まれの「ル・パルフェ」の密封ビン。実用的かつ、どんなキッチンにもなじむシンプルで美形なルックスで、フランスはもちろん今や世界中で愛されるロングセラー。


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