
すべての料理の手順には、ひとつひとつ理由がある
お母様の家事を手伝い、花嫁修業でお茶やお花を学んだ経験から、自然と料理や暮らしにまつわる知識や技術を身につけてきたという松田さん。おいしいものとおもてなしが好きだったことから、パーティプロデュースやケータリングなどを行う会社を1984年に設立。当時では珍しかったオシャレでおいしいケータリングの草分けとして活躍し、さまざまな魅力的な食空間をプロデュースしました。この活動を10年間続けた後、1993年に東京・恵比寿で「松田美智子教室」を開校。フードプロデュースも料理教室も心構えは一緒ですが、方向性がまったく違っていたと松田さんは話します。
「パーティプロデュースやケータリングの仕事は、形を作ってお金をいただいていましたが、料理教室は料理を教えることでお金が発生する。だから、“こう作るとおいしいのよ”とただ伝えるだけでは、あまりにも申し訳なくて。根拠のないものにお金をいただくということにすごく抵抗があり、きちんと科学的に根拠のある料理にしたいと、自分の持っているものをすべて見直しました」
常々大切にしているのは「理に適った料理」。料理には必ず「理(ことわり)」があり、その「理」を知れば押さえるべき要所がはっきりと見えてくるといいます。
「料理には、材料にも工程にもすべて理由があります。どうしてここでこの調味料を使うべきなのか、なぜこの材料でなければダメなのか、きちんと説明ができないものは必要性がないと思っています」
「理に適った料理」と言葉にすると少し難しく感じるかもしれませんが、それは季節感と素材そのものの味・風味を大切にするということに通じます。海外の食材や調味料が手に入りやすくなり、便利な調理器具や家電があふれる今の時代において、便利さや物珍しさではなく食の本質を大切にする料理こそ、本物の贅沢な味といえるのではないでしょうか。
仕事に対する揺るぎない姿勢
これまで、料理家として第一線でいたいと考えて仕事をしたことはないと話す松田さん。自身の仕事に常に実直に向き合い、料理の本質とおもてなしの心を追求する姿勢に、キャリアの長さに比例して、多くのメディアや企業が信頼を寄せるようになります。
「料理家になろうと思ったこともなくて、『ミセス』という雑誌で『何か料理を作らないか?』と言われたのがきっかけでした。パーティプロデュースやケータリングの仕事をしていたときは、雑誌の仕事は一切受けていなかったので、その仕事をやめて料理教室をするようになってからですね」
求められたら、全力で応える。こうして、雑誌やテレビ、CMなどの仕事を手掛けるようになり、企業のメニュー開発やシステムキッチンの開発、そして講演と、活動の幅を広げていきます。自分にはニーズがあるか、そしてそれに対していかに応えられるかを常に意識して、仕事に取り組んでいるという松田さん。
「私はずっと家庭料理を教えていますが、日々作っている料理の創意工夫というテーマをいただき、自分の持っているものをそこに当てはめていくというやり方で、料理家の仕事を務めています。料理家は資格がいらないので、自分以外の人が価値を決めてくれるという側面があります。難しい課題が来たら自分の価値を認めていただいているということになりますし、それにどう応えてどう幅を出すかが大切だと思っています。また、頭の中で生み出しただけで、自分で実践したことのない料理をお伝えするということはしていません。たとえニーズがあってもシチュエーションが合わない場合は、お仕事を辞退させていただくこともあります」
料理や器づかいのセンスは日常で磨く
食の本質を追求する松田さんは、美しい器づかいでも定評があります。一般的な家庭では、料理を作った人が食器を選び、盛り付けるもの。だから、家庭料理において器選びは必然だと松田さんは話します。
「器選びで大切にしているのは、まずは料理が映えるものであること。飾り皿として使うものは美術品や飾るためのもので、料理を盛る物ではありません。家庭料理に使うのは、料理が盛りやすかったり、料理が映えたりするもの。だから私はあまり柄物は使いませんし、合理性を考えて使いまわせるものを選んでいます」
家庭料理の器は自宅で使うもの。では、より生活を豊かにできる器や道具を見る目を養うには、どうしたらよいのでしょうか?
「いいものを見る、いいものを食べる、これに尽きると思います。私は花嫁修業で全部一流のものをやらせてもらい、それがベースになっています。親に感謝ですね。また、私は好奇心が強く、美術館に行ったり、美術書を見たりして、美しいものを見るのも好きです。自分で美しいものを持つのも大切だと思います。それが器や家具にあたります。私の先輩にあたる料理研究家の方たちは、外交官の奥さまだったり、良家の奥さまだったり、長く培ったものがある方ばかり。そういった背景があって、その方が作られるものがおいしかったり、文化があったりする。その上で、器を素敵に使いこなされていたり、所作が良かったりするかと思います」