料理家 松田美智子さん【私の駆け出し時代】

30数年に渡り、家庭料理一筋で日本の味を中心とした食文化を伝えてきた松田美智子さん。調味料を多用せず、素材や風味を生かしておいしさを引き出す料理を得意とし、理に適った調理法を提唱しています。今や本物の贅沢ともいえる、素材を軸としたレシピを生み出す松田さんの料理への想いを聞きました。

2018年08月9日

すべての料理の手順には、ひとつひとつ理由がある

お母様の家事を手伝い、花嫁修業でお茶やお花を学んだ経験から、自然と料理や暮らしにまつわる知識や技術を身につけてきたという松田さん。おいしいものとおもてなしが好きだったことから、パーティプロデュースやケータリングなどを行う会社を1984年に設立。当時では珍しかったオシャレでおいしいケータリングの草分けとして活躍し、さまざまな魅力的な食空間をプロデュースしました。この活動を10年間続けた後、1993年に東京・恵比寿で「松田美智子教室」を開校。フードプロデュースも料理教室も心構えは一緒ですが、方向性がまったく違っていたと松田さんは話します。

「パーティプロデュースやケータリングの仕事は、形を作ってお金をいただいていましたが、料理教室は料理を教えることでお金が発生する。だから、“こう作るとおいしいのよ”とただ伝えるだけでは、あまりにも申し訳なくて。根拠のないものにお金をいただくということにすごく抵抗があり、きちんと科学的に根拠のある料理にしたいと、自分の持っているものをすべて見直しました」

常々大切にしているのは「理に適った料理」。料理には必ず「理(ことわり)」があり、その「理」を知れば押さえるべき要所がはっきりと見えてくるといいます。

「料理には、材料にも工程にもすべて理由があります。どうしてここでこの調味料を使うべきなのか、なぜこの材料でなければダメなのか、きちんと説明ができないものは必要性がないと思っています」

「理に適った料理」と言葉にすると少し難しく感じるかもしれませんが、それは季節感と素材そのものの味・風味を大切にするということに通じます。海外の食材や調味料が手に入りやすくなり、便利な調理器具や家電があふれる今の時代において、便利さや物珍しさではなく食の本質を大切にする料理こそ、本物の贅沢な味といえるのではないでしょうか。

仕事に対する揺るぎない姿勢

これまで、料理家として第一線でいたいと考えて仕事をしたことはないと話す松田さん。自身の仕事に常に実直に向き合い、料理の本質とおもてなしの心を追求する姿勢に、キャリアの長さに比例して、多くのメディアや企業が信頼を寄せるようになります。

「料理家になろうと思ったこともなくて、『ミセス』という雑誌で『何か料理を作らないか?』と言われたのがきっかけでした。パーティプロデュースやケータリングの仕事をしていたときは、雑誌の仕事は一切受けていなかったので、その仕事をやめて料理教室をするようになってからですね」

求められたら、全力で応える。こうして、雑誌やテレビ、CMなどの仕事を手掛けるようになり、企業のメニュー開発やシステムキッチンの開発、そして講演と、活動の幅を広げていきます。自分にはニーズがあるか、そしてそれに対していかに応えられるかを常に意識して、仕事に取り組んでいるという松田さん。

「私はずっと家庭料理を教えていますが、日々作っている料理の創意工夫というテーマをいただき、自分の持っているものをそこに当てはめていくというやり方で、料理家の仕事を務めています。料理家は資格がいらないので、自分以外の人が価値を決めてくれるという側面があります。難しい課題が来たら自分の価値を認めていただいているということになりますし、それにどう応えてどう幅を出すかが大切だと思っています。また、頭の中で生み出しただけで、自分で実践したことのない料理をお伝えするということはしていません。たとえニーズがあってもシチュエーションが合わない場合は、お仕事を辞退させていただくこともあります」

料理や器づかいのセンスは日常で磨く

食の本質を追求する松田さんは、美しい器づかいでも定評があります。一般的な家庭では、料理を作った人が食器を選び、盛り付けるもの。だから、家庭料理において器選びは必然だと松田さんは話します。

「器選びで大切にしているのは、まずは料理が映えるものであること。飾り皿として使うものは美術品や飾るためのもので、料理を盛る物ではありません。家庭料理に使うのは、料理が盛りやすかったり、料理が映えたりするもの。だから私はあまり柄物は使いませんし、合理性を考えて使いまわせるものを選んでいます」

家庭料理の器は自宅で使うもの。では、より生活を豊かにできる器や道具を見る目を養うには、どうしたらよいのでしょうか?

「いいものを見る、いいものを食べる、これに尽きると思います。私は花嫁修業で全部一流のものをやらせてもらい、それがベースになっています。親に感謝ですね。また、私は好奇心が強く、美術館に行ったり、美術書を見たりして、美しいものを見るのも好きです。自分で美しいものを持つのも大切だと思います。それが器や家具にあたります。私の先輩にあたる料理研究家の方たちは、外交官の奥さまだったり、良家の奥さまだったり、長く培ったものがある方ばかり。そういった背景があって、その方が作られるものがおいしかったり、文化があったりする。その上で、器を素敵に使いこなされていたり、所作が良かったりするかと思います」

料理は小さな文化

大和撫子のようなたたずまいに筋の通ったスタイルで、多くの女性たちのあこがれの料理家として、長く活躍されてきた松田さん。その料理哲学について、あらためて尋ねてみました。

「料理をおいしくするために先人たちが積み重ねてきた素晴らしい知恵を伝えていくとともに、それを現代の生活で忠実に再現するのは難しいこともあり、時代に合った道具や家電などを使いこなして、いかに理に適った料理が作れるかを追求し続けたいと思っています。料理は科学だという観点から説明するとみなさんにもわかりやすいようで、教室やメディアでは根拠のある料理を伝えていきたいです。また、季節の素材の味を活かすため、調味料をたくさん使わずというやり方も変わりません」

その上で、このやり方がすべてではなく、それぞれの料理家は自分の個性でやっているものと話す松田さん。松田さんが料理の道に入った頃は師弟関係が中心で横のつながりがなく、他の料理家たちがどんな活動をしているのかを知ることが難しかったといいます。また、資格がなく、定義があいまいだからこそ、安易に取り組むのではなく自身を磨いていくことが大切なようです。

「料理家や料理の先生には資格も免許もありませんが、料理だけでなくできるだけ多様なことを身につけられた方がいいかと思います。料理は文化のひとつですが、お茶やお花、所作を学ぶのも大切なこと。料理家なら、せめて箸を正しく持っていただいたうえで、活動してほしいですね。アシスタントたちを見ていて、好奇心があって、こちらが伝えたことをきちんとこなそうと努力する姿勢がある子は成長します。また、人の話がいかに聞けるかはとても大切。初めは技術が伴わなかったとしても、反復練習を行うことで変わっていきますよ」

撮影/福田喜一 取材・文/江原裕子

松田美智子
料理家。東京生まれ、鎌倉育ち。テーブルコーディネーター、女子美術大学講師、日本雑穀協会理事。女子美術大学卒業後、ホルトハウス房子氏に師事して各国の家庭料理を学び、日本料理や中国家庭料理も習得。1984年にパーティプロデュース、ケータリングなどを行う専門会社を設立し、10年間活動。その後、1993年より「松田美智子料理教室」を主宰。メディアや企業へのレシピ提供のほか、著書の執筆、食にまつわる商品開発などにも携わる。

松田さんがプロデュースした第一号の調理器具がこちらの『自在鍋』。大きさ、深さ、形、さらには持ち手の角度まで、松田さんの理想を形にした優秀アイテム。「道具の素材は、自然に還るものが一番だと思っています。なかでも鉄の調理道具は、耐久性や熱伝導の良さに加え、素材の味が立ち、鉄分も摂ることができます」


ご愛用いただいている貝印のアイテムが、どんな種類のパンでも断面を美しくカットできるブレッドナイフ「パマル ウェーブカット」(貝印)。4種類の刃の形状を取り入れた貝印オリジナル刃形状で、かたいパンもやわらかいパンもスムーズに切ることができます。


基本調味料のさしすせそ(砂糖、塩、酢、しょうゆ、みそ)を中心に、調味料とそれを使ったレシピを紹介する『調味料の効能と料理法:おいしさの決め手はこのひとさじにある』(誠文堂新光社)。料理をもっとおいしく仕上げるための調味料の効果的な使い方が、科学的な視点で紹介されていて、松田さんの料理哲学も学べます。


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