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カンテサンス 三ツ星シェフの哲学

インタビュー
2019年06月27日
2006年5月、品書きが一切ない真っ白なメニュー「カルトブランシュ」に象徴される革新的なレストランをオープンし、日本のガストロノミー界に鮮やかに登場した岸田周三さん。その翌年には、現役最年少で『ミシュランガイド東京』の創刊号において三ツ星を獲得。以来現在まで、日本を代表するフランス料理店のオーナーシェフとしてトップを走り続けています。「大好きな日本で、世界のどこにもない店をつくりたい」という夢を実現し、日本のみならず世界に名を馳せた今も他の追随を許さず、独自のスタイルで進化を続ける岸田さんに、料理人としての哲学を伺います。 >>あの人気料理家も登場! これまでの記事はこちら


パスカル・バルボ氏の信頼を得て、スーシェフにまで登り詰め、星の数がどんどん増えていく時代を共に築き、惜しまれつつ帰国の道を選んだ岸田さん。その後の華々しい活躍は、誰もが知るところです。
けれども、そもそも誰も知り合いのいないフランスで、貯金を切り崩しながらの食べ歩き生活に不安はなかったのでしょうか。
当時の岸田さんを支えていたのは、ふたつの強い思いでした。ひとつは、日本での修業経験に基づく自分への信頼です。「東京での仕事は厳しかったですが、これ以上できないほど懸命に働き、技術を習得したという自信がありました。フランス語はまだ初級レベルだったので、現地の料理人に言葉では敵わないかもしれないけれど、僕のように働けるフランス人はいないだろうから、負けるはずがないと思っていました」
そしてもうひとつが、時間や機会を失うことへの恐れです。「僕のような渡仏のしかたは、確かにリスクが大きく、先が見えない不安もあります。一方で、引き続き東京で働きながら、不安がなくなるまでもっと貯金をして、ネットワークを見つけてからいつか行きたいと思っていたら、時間や機会をロスするリスクが大きくなるわけです。30歳で料理長になりたかった僕にとって、行って失敗するリスクより、時間やタイミングを失うリスクがもっとも怖いものでした」
いつも未来に視点を置き、そこから現在へと逆算するような岸田さんの考え方は、この頃からすでに確立されていました。その視点をもって、岸田さんが今「未来から見て危機的な状況にある」として積極的に向き合っているのが、海を守る活動です。

これを読んでいるあなたと共に、海の未来を考えたい


岸田さんは今、食の将来のためにやらなければならない大切なこととして、サステナブルなシーフードを始めとする海の資源保護活動に取り組んでいます。東京のトップシェフ30人以上と、食を専門とするジャーナリストで構成されたグループ「Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)」の主要メンバーのひとりとして、日本の海とその恩恵であるシーフードが抱える問題を、積極的に発信しています。
日本に帰国して以来、料理人としてほぼ毎日シーフードに触れてきた岸田さんは、日本の水産資源が危機的状況にさらされていることを、肌で感じてきました。
たとえば岸田さんが大好きで、多くのお客様にそのおいしさをお届けしたいという、脂ののった2kg以上の大型のキンメダイ。「カンテサンス」を開店した当初は安定して入荷できていたこの魚も、年を追うごとに手に入れられる数が減り、サイズは小さくなり、身質も低下しつつあるそうです。
「僕たち料理人は、日本の水産資源の現状を正しく知り、それをお客様に直接お伝えすることができます。ですから専門家をお招きして学び、それを発信する活動をしています」

けれども状況は思った以上に深刻で、もはや志のあるシェフや漁業関係者が、個人で活動するだけでは食い止められないという現実に直面しています。
「水産資源の枯渇は、いまや世界的な問題です。これを解決するには、国が動き、国同士で現状を認識して、国際的なルールを定める必要があります。けれども国は、僕たちシェフ仲間のグループが声を上げただけでは動きません。国は国民の総意のもとに動くものですから、当たり前ですよね。だからこそ、国民の総意として、みんなにも声を上げてほしいのです」
「このインタビュー記事を読んでくれる方は、食を仕事にしていたり、食に関心が高かったりする方だと思います。つまりシーフードが身近にある。そんな身近な海の恵みについて関心を持ってほしい。そして小さなアクションを起こしてほしい。たとえばソーシャルメディアで気になる記事をシェアしたり、いいね!を押したりするだけでも、それが重なれば大きなムーブメントに繋がるかもしれません。
それをお願いすることが、僕が今日ここでお話しようと決めた理由です」
これを読んでいるひとりひとりが、岸田さんのような社会活動をすることは、難しいかもしれません。けれどもちょっと声を上げるだけなら、きっと誰にでもできるはず。まずは岸田さんを中心に、「Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)」の活動を見守って、小さないいね!をしてみませんか。

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撮影/大木慎太郎 取材・文/江藤詩文

岸田周三(キシダ シュウゾウ)さん
1974年、愛知県生まれ。名古屋市の専門学校を卒業後、三重県の志摩観光ホテルに入社。「ラ・メール」でフランス料理人としてのキャリアをスタートする。東京の「カーエム」で約4年間研鑽を積み、2000年に26歳で渡仏。フランス各地の星付きの名店を経て、パリ「アストランス」に入店。パスカル・バルボ氏に師事し、スーシェフを務める。2006年に帰国して「カンテサンス」をオープン。翌2007年に創刊した『ミシュランガイド東京』では、現役最年少(当時)の33歳で三ツ星を獲得。以来12年間、三ツ星を維持している。2011年、独立してオーナーシェフに。2013年、店舗を現在の品川区に移転。料理人として日本のフランス料理界をリードするほか、水産資源の保護など食を取り巻く環境問題にも積極的に取り組んでいる。

カンテサンス
品川区北品川6-7-29
ガーデンシティ品川 御殿山 1階
Tel : 03-6277-0090 (予約専用)
http://www.quintessence.jp/

カンテサンスのスペシャリテとして有名な「山羊乳のバヴァロワ」。料理の主役は、味の基本となるオリーブオイルと塩。一期一会を大切に、お客様の過去のデータを管理して、同じメニューは出さない方針の岸田さんが作り続ける、数少ない定番のひと皿です(写真は岸田さん提供)。

「このおいしさをいつまでも守りたい」という思いでつくる「キンメダイのロースト」。上品な脂ののったキンメダイの味わいは、岸田さんにとって格別とか。白いんげん豆を付け合わせ、ドイツの黒パンを使ったソースとバターソースで仕上げています(写真は岸田さん提供)。

もうすっかり小さくなってしまった肉用ナイフ。フランス時代の師パスカル・バルボ氏から贈られた大切な宝物です。低温長時間ローストで、最上質の肉だけが持つ繊細な風味を引き出したオリジナルの火入れ方は、アストランス時代にバルボ氏から学びました。

カンテサンスのメニューは、岸田さんの思いだけが紡がれ、料理名の部分は白紙の「カルトブランシュ」。その日のお客様のためだけに用意した食材に敬意をはらい、徹底的に使い切るというプロセスは、カンテサンス開店以来一貫して守られています。