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人生は千本ノック 日本料理人の挑戦

インタビュー
2019年05月30日
2007年に発刊された『ミシュランガイド東京』で、初年度から三ツ星店として掲載された「銀座小十」(2019年版にも二ツ星として掲載)を基幹に、同じ銀座で「銀座奥田」、「すし晴海」を手がける奥田透さん。さらに、本物の日本料理を提供する「OKUDA」をパリとニューヨークに出店。農林水産省より、日本食・食文化の魅力を国内外に広く発信する「日本食普及の親善大使」にも任命されています。「自分は器用ではない」と言う奥田さんが、日本料理人として、日本国内に留まらず、海外でも活躍する現在に至るまでの道のりをお聞きします。 >>あの人気料理家も登場! これまでの記事はこちら

日本料理は世界の最高峰。伝承者としての使命を果たす

現在は、料理人として調理場に立つだけでなく、調理師学校などで若手の育成に貢献したり、給食を通じて子どもたちの食育に携わったりと、日本料理と日本文化を守り、受け継ぐ活動に情熱を傾けている奥田さん。農林水産省から、「日本食普及の親善大使」にも任命されています。
「日本料理というのは、単に皿の上にのったもののことだけではないわけです。店構えや設いといった建築や調度品、地方や作り手によって味わいが異なる器、お客様をお迎えする日本人の精神、季節の食材を映し出す日本の風景、料理の味を左右する水やその水で仕込む日本酒。そういった伝統や風習、文化を総合したものが日本料理なわけです。僕は、日本料理は世界に誇るべき日本の文化で、世界最高峰の料理だと考えています」

「一方で、日本料理は出汁をひとつ取るにも手間がかかるなど、めんどうだということで、和食から遠ざかる家庭がどんどん増えています。また、日本料理は値段が高くて、かつマナーが難しく敷居が高いというイメージから、若い人たちの日本料理離れも進んでいます。こんな時代の流れを食い止めようと、僕ひとりくらい、世間と戦ってもいいのではないでしょうか」
元スポーツ少年の奥田さんにとって、生きることは勝負に挑むこと。世間からは成功者と認められている今でも、自身にとっては戦いの真っ最中とか。千本ノックの精神で、何度倒れても立ち上がるファイトがあるし、どん底からでも這い上がれると自分を信じているそうです。

50歳になる今でも、心にいるのはあの頃の野球少年


よく「天才は99%の努力と1%の才能」と言われます。「だったら1%の才能がない自分は、99%の努力を人の2倍も3倍もしてやろう」というのが奥田さんの考え方。そんな奥田さんにとって、「本物の天才の姿」を見せてくれたのが、『日本料理 龍吟』の山本征治さんでした。今から二十数年前の青年時代、共に同じ一冊に共鳴して、「青柳」主人の小山裕久さんの門下生となったふたりは、青年時代に同じ夢を持ち、共に語り合った親友同士。今でも深い親交が続いています。
「99%の努力では追いつけない、100%の才能と100%の努力を合わせ持っているのが山本征治という料理人です。スポーツの世界で育った僕は、何かあるたびに勝った、負けたと言いますが、山本征治の場合、勝敗を口にしたことがない。なぜなら誰にも負けるはずがないからです」

山本征治さん以上にすばらしい料理人に、これまで会ったことがないという奥田さん。自分より優れていることを素直に認める一方で、心の中で思い浮かべるのは、野球マンガ「キャプテン」(ちばあきお)の主人公・谷口キャプテンの姿です。「勝負の世界はおもしろいもので、たとえいっときは負けていても、諦めなければ勝機が訪れることもあるのです」
いつか山本征治さんに「奥ちゃん、すごい料理をつくるね」と言われる料理人になりたい。その日のために、奥田さんの“千本ノックな日々”は継続しています。

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撮影/大木慎太郎 取材・文/江藤詩文

奥田 透さん
1969年、静岡県生まれ。高校卒業後、静岡の割烹旅館「喜久屋」、京都「鮎の宿つたや」を経て徳島の名店「青柳」で4年間の修業を積む。1999年、29歳で独立。静岡で割烹料理「春夏秋冬 花見小路」を開店。2003年、33歳で「銀座小十」を開店。2011年に「銀座奥田」を開店し、翌年「銀座小十」を並木通りに移転。日本料理と日本文化の伝承を使命として、2013年パリに「OKUDA」を開店。現在はパリで「鮨OKUDA」、ニューヨークで「OKUDA」も運営している。

銀座小十
中央区銀座5-4-8 4階
Tel : 03-6215-9544
http://www.kojyu.jp/

奥田さんの春の代表料理「平貝の旬菜づくし」。うるいやゼンマイ、わらび、うどといった春の山の恵みを十数種類、それぞれの持ち味を引き出すようにひとつひとつ調理して、春が旬の平貝と合わせた春爛漫のひんやり涼やかなひと皿です。

おまかせコースの焼き物から「キンキ炭火焼き」。脂のよくのった大ぶりのキンキを、タレなどは一切使わず塩だけで旨味を最大限に引き出して焼き上げています。添えてある炭火焼きの筍や素揚げしたノビルも、季節をストレートに伝える味わい。

左は、奥田さん(と日本料理 龍吟の山本征治さん)の料理人としての人生を変えた一冊。『青柳 小山裕久 味の風』(柴田書店・絶版)。右は、開業からしばらく集客に苦労していた時期に、初めてのメディア掲載となった雑誌『東京カレンダー』。

料理人としてのこれまでの半生や、海外進出の先駆けとして苦労したエピソードなどを、自分自身の言葉で丁寧に綴った著書。右は、『世界でいちばん小さな三つ星料理店』左は、『三つ星料理人、世界に挑む。』(共にポプラ社)。