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著書出版後に目指すのはおいしさの共有

インタビュー
2018年12月13日

おしゃれに見えて手軽に作れる。確実に味が決まる。そんな、誰もが求める再現性の高いお菓子や料理のレシピで定評のある料理家の若山曜子さん。子どもの頃からお菓子作りに触れ、フランスで技術とセンスを磨いた若山さんの、お菓子作りや料理に対する想いを聞きました。
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東京のケーキに憧れていた子ども時代


東京で生まれ、お母様の実家のある岡山で育った若山さん。小学生の頃、仕事のために東京に残っていたお父様がお土産で持ってきてくれるケーキ、東京に行ったときにレストランで食べるケーキ、普段岡山で食べるケーキ、それぞれが違っていたことが、お菓子に興味を持つきっかけになったといいます。
「東京のあのケーキが食べたいと思っても、岡山にはありませんでした。最初に手にしたレシピ本は、小さい頃にもらった今田美奈子さんのお菓子の本。作れないけれど、その本をずっとずっと眺めていました」
その後、本が好きだった若山さんは、書店で藤野真紀子さんや堀井和子さんのおしゃれなお菓子のレシピ本を見かけ、『自分で作れるかも!?』とそれらの本を買ってもらいます。初めて作ったのがチーズケーキ。それがうまく焼けて、自分でお菓子を作るようになりました。
「作るだけじゃなくて、お菓子や料理の本を見るのも大好き。レシピを読んで、写真を見て、味はどうなるんだろうと考えるのが好きでした。絵本を読んでいても、惹かれるのは食べ物が出てくるシーン。『赤毛のアン』や『小公女』『長靴下のピッピ』など、外国の知らないお菓子や料理に出合うたびに、どんな味がするのか想像していました」
また、雑誌をめくれば、見たこともない食材を使ったケーキが紹介されている。世界にあるいろいろなお菓子を食べてみたい、そんな子どもらしいチャーミングな理由で、お菓子にはまっていきました。

プロフェッショナルへの第一歩


高校卒業後には製菓学校に行くことも考えたそうですが、お父様のすすめもあり大学へ進学。フランス菓子に興味があったことから選んだフランス語を学びながら、長期休暇を利用してル・コルドン・ブルー・パリに留学をし、お菓子の知識と技術を身につけていきます。
大学卒業後はフランスへ渡り、パリ市商工会議所が運営する「エコール・フェランディ」に入学。そこは、プロフェッショナルを養成する学校で、国家資格を取得してプロの料理人になるのが目的の人が集う場所。若山さんが通った社会人クラスは、銀行員や航空会社勤務の人など、すでに働いていて、パティシエになるために通うフランス人も多く、誰もが真剣でした。
「コルドンは、良い材料を使っておいしいアントルメを丁寧に作る方法を学ぶので、どちらかというと教室の先生になりたい人向き。それと比べるとフェランディは、ひとつのお菓子を毎日繰り返し作って、手に生地の作り方を覚えさせるんです。衛生法や材料を無駄にしない方法も勉強して、基本の生地を、正しく・早く・たくさん作る訓練をしました。また、効率よく作るにはチームワークも必要。店を経営するための、技術以外のこともたくさん学びました。フェランディで過ごした日々は、『今が人生で一番楽しいんだろうな』と思うくらい充実していました」
学校には週3日に通い、残りの2日は星付きレストランやパティスリーのスタージュ(フランスのインターンシップ)で実務研修。そして卒業前に、フランス国家調理師資格C.A.P.を取得。時を同じくして、遠距離恋愛だった旦那様と結婚することになり、帰国しました。

職人から料理家へ


帰国後は、フレンチレストランやパティスリーでパティシエとして働いていた若山さん。その縁で、雑誌『ELLE a table(エル・ア・ターブル)』(現「ELLE gourmet」)の「フードバトル」に若手料理人の一人として出場することになります。こちらは、料理人が料理やお菓子のレシピを発表し、読者からの投票によって腕を競い合う人気コーナー。初めてプロのカメラマンに自分で作ったお菓子の写真を撮ってもらう経験は、大感激だったそう。
「お店で作るケーキは食べてもらうと無くなってしまうけれど、それが写真に残って、このレシピでお菓子を作ってくれている人がいるかもしれないと思ったら、すごくうれしくて。もともとお菓子の本が好きだったので、本を作りたいと強く思うようになりました」
このメディアでの初仕事がきっかけで、売れっ子料理家へとまっしぐら……とは簡単にいかないのが世の中の厳しいところ。新しい仕事が舞い込むことも、自ら働きかけることもなく、時は過ぎていきます。そんな若山さんの背中を押したのは、あるパーティでの出来事。ファッション誌の女性編集者に出会った若山さんは、お酒の席だったこともあり、自分がお菓子の仕事をしていて、いつか本を出したいということを、何気なく口にしました。
「『じゃあ、企画書を出したりしてる?』と聞かれ、『自分からは行ってないです』と答えたら、『待っていたら声がかかると思ってるの? 自分はそんなに特別だと思う?』って。その言葉にすごく傷ついたんですけど、考えてみるとまったくその通りで。私は大きな賞を獲ったこともなければ、特別な能力があるわけでもない。それなのに、自分の夢を叶えるために自分が動かなくてどうするんだろうって。それを夫に話したら、『僕もずっと同じこと言ってるよね』って。実は、夫が料理関連の編集部の電話番号を調べてくれて、その番号にかければいいだけっていう状態が数年ありまして(笑)。それでやっと出版社に電話をしました」
こうして、好きなレシピ本を多数手掛ける2つの出版社に自ら連絡を取り、企画書を持参。結果、見事どちらの会社からも出版が決定しました。2009年に初のレシピ本「フライパンカフェ」(主婦と生活社)を、2010年には「スイーツマジック」(文化出版局)を出版。営業は苦手という若山さんですが、レシピ本の出版を機に雑誌の編集部にもアポイントメントを取り、「レタスクラブ」での連載が決定。そこから雑誌の仕事も増え、活動の幅が広がっていきました。

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撮影/大木慎太郎 取材・文/江原裕子

若山曜子(ワカヤマ ヨウコ)
製菓・料理研究家。東京外国語大学フランス語学科卒業後、パリへ留学。ル・コルドン・ブルーパリ、エコール・フェランディを経て、パティシエ、グラシエ、ショコラティエ、コンフィズールのフランス国家資格(C.A.P.)を取得。パリのパティスリーやレストランで研鑽を積み、帰国。現在は自宅での製菓・料理教室のほか、書籍の出版、雑誌やテレビ、企業へのレシピ提供など幅広く活躍している。

製菓から料理まで、数々のレシピ本を手掛け、そのどれにも思い入れがあるという若山さん。ここ最近で転機になったのが、2018年春に出版された『30分で3品!  毎日のふたりごはん』(家の光協会)(写真・右)。これまで1品料理のレシピ紹介が多かった若山さんが、初めて手掛けた献立本。「組み合わせでここまで提案できれば、自分もちゃんと料理家だなぁって(笑)。料理は学校ではなくフランスの家庭で普段のフランスの味を習ったくらいなのですが、納得できるレシピが紹介できたと思っています」

フランスの蚤の市で出合ったアンティークの食器類。自宅で日常に使用するほか、著書にもたびたび登場。ケーキスタンドやキッチンツールなども海外で見つけてくるものが多く、使いやすさと美しさを兼ね備えたものが好みだそう。