
自然体でていねいな暮らしを実践する憧れの料理家へ
実はワタナベさん、この3冊の出版の間に独立、結婚、出産という人生の大変換期を迎えていました。
「2006年の秋に事務所を辞めて料理家として独立をしたんですが、ちょうど結婚も重なり、2007年に出産しました。この頃は料理本がとても流行っていたと思います。ママ料理が求められていた時代だったのもあって、私の料理も受け入れられたんじゃないかと思います」
確かに2005年からの数年間を振り返ってみると、ブログ発信の料理本がヒットして新しいマーケットが生まれ、家族のために作るごく普通のごはんが注目された時期でした。ママ向けを謳った新雑誌の創刊もありました。また、90年代後半にアメリカで始まった“LOHASブーム”が日本にも波及し、「自然体」で「ていねいな暮らし」が憧れのライフスタイルとされるようになった頃です。MOREのお弁当特集にあったように、お弁当を曲げわっぱという天然素材を使ったお弁当箱に詰めるワタナベさんの姿は時代の先駆けだったのです。2冊目の『サルビア給食室のおいしいおべんとう手帖』の表紙写真も目を引きました。
「実家にも曲げわっぱがあったのでよく使っていたんです。2冊目の出版時期が春だったので、ごはんの上に桜の塩漬けをのせてちょっと季節感を出したりもしましたが、おかずはふだんから私がよく作るものばかり。売れた理由としてひとつ言えるとしたら、ケータリングをしていた時の経験がとても役立ちました。私自身も育児で忙しい時期でしたが、その時の経験があったので乗り切れたんだと思います」
というのも、ケータリングは家庭での食事準備と同様に進めていたら間に合わないため、ストックのおかずづくりが必須。そして毎日のお弁当作りにもストックおかずが欠かせません。それが1冊目、2冊目に生かされただけでなく、3冊目の『〜週末ストックと毎日のごはん』につながりました。昨今の料理界のトレンドキーワード「つくりおき」を、すでに実践していたというわけです。
「本にするテーマは、基本的に私がふだんから実践していることばかりなんです。なので、もし私にとっては不得手な『電子レンジで時短おかず』のような依頼があったとしたら、『得意ではないのでこちらのテーマならどうでしょうか』と逆に提案してみるようにしています」
ワタナベさんは「できません!」と頭から否定することはないといいます。「それは難しいけれども、こちらならどうか」という代替案を出して編集者とのすり合わせを試みるのだそうです。「読者が何を求めているのか」というもっとも大切な部分を話し合いながら見つけていく過程をとても大切にしたいからだと言います。
「本作りはチーム作業です。編集さんをはじめ、ライターやスタイリスト、カメラマンなどたくさんのプロフェッショナルの力が集まって出来上がるもの。私ひとりの力ではとてもとても。みなさんと話し合いながら、ああでもないこうでもないと言いながら進めていく現場が大好きですし、現場で盛り上がる本は、やはりいいものになっていくような気がしています。本を作るのは意義のある仕事だと思うんです。今のように本が売れない時代であっても、チームで知恵を出し合い、力を合わせていい本を作れば売れると信じたい。いえ、信じています」
チームで協力しながら作る本づくりが大好き
本づくりにこだわって仕事をしてきたワタナベさん、デビュー以来の著作は、2019年6月28日に発売になったばかりの新刊を含めると計67冊にものぼります(共著、雑誌・付録等は除く)。多い年にはほぼ毎月新刊が出ていたこともあってこの冊数につながっているわけですが、それほどの依頼が続くこと、実現させてしまうこと自体がまず驚異的です。
「いえいえ、もう、いつも私の足りないところをプロのみなさんが助けてくださるから!」と謙遜するワタナベさんですが秘訣はあるのでしょうか。
「編集さんは転職(転社)されることも多いので、別の会社に移った先でお声がけいただいたり、後を引き継いだ方が続けて依頼をしてくださったり。
最近は撮影しながら次の本の企画を練ることも多いです。もちろんその時作っている本が売れなければ実現する話ではありませんが、お付き合いの長いチームになればなるほど『次はあれ』という話をしていることが多いです。打ち上げの席で決まることもありますよ(笑)」
ワタナベさんに関して言えるのは、「とにかくいい人」と周りに思わせずにはいられない雰囲気の持ち主であること。これはチーム作業においては重要なファクターです。初対面の人が自然と笑顔になってしまうやさしい雰囲気を醸し出すワタナベさんですから、現場の空気感が無理なくまとまっていくのかもしれません。「一緒にまた仕事をしたい」と思わせる人柄に加え、依頼のひとつずつを丁寧に真摯に対応していく信頼感を感じさせます。