特集記事

菓子屋ここのつ 溝口実穂さん

インタビュー
2021年03月23日

料理人をはじめ、料理にまつわるスタイリストやフードコーディネーター、カメラマンなど、食を支えるクリエイターのインタビューをお届けする連載。料理への向き合い方、仕事観、読者のスキルアップのためのノウハウなど、食を支え、未来を描こうとする様々な職種の方々の料理に対する考えや思いを語ってもらいます。

信頼でつながったお客様だからこそ「裏切りたくない」

ここのつは、毎月1日の朝8時に次の月の予約を受け付けますが、開始1分でおよそ150席がすべて埋まってしまいます。予約が取れない茶寮として噂が広がり、「体験してみたい」という声がSNSに溢れています。当然、出店やプロデュースの依頼もありますが、溝口さんは浅草・鳥越に来てもらうゲストを優先して規模を広げることをしません。「シンプルでいたいんです」と、今のままのスケールがいいと溝口さんは言います。

「面倒くさいことが嫌い。というのもあるんですけど(笑)、大人数が絡まってくると本来あったものが薄まり、変わってしまうんですよね。絵の具もそうですけど、いろんな色が混ざり合うと違う色になってしまうじゃないですか。それだと、もともとあったものが見えなくなってしまう。見失いたくないんです。だから自分のできる範囲でやっていきたい」

ここのつでは、ゲスト同士が話す場所ではないため、2名以上の予約は受けておらず、食事中の写真撮影は禁止。現代の外食シーンでは、不自由ともいえるレギュレーションをゲストに求めるのは、茶寮を十分に楽しんでもらうためです。真摯に食材を扱い、もっともおいしい瞬間に合わせてテーブルに運ぶ。皿の中で移ろう季節の一瞬を逃さず感じてもらうためには、少しの緊張感が必要なのではないでしょうか。

「私とお客様の間には、茶寮で積み重ねた信頼関係があります。私は、その信頼を裏切ってはいけない。お客様が糧菓を召し上がって、ゆっくりと心を整えてお帰りになる。そんな場所がここのつなのだと思います。舞台や映画のような場所でありたいですね」

「私は、ジャムおばさんになりたいんです」と笑う溝口さん。顔を食べられてボロボロになって帰ってきたアンパンマンを、新しい顔を用意して迎えるジャムおじさんのように、日々の生活に疲れた人を癒す糧菓を用意し続けたい、と溝口さんはいいます。

料理と菓子の間で「りょうか」という音は先に決まっていた中で、ある一定の大きさである「糧(りょう)」だけでなく、生活の「糧(かて)」という意味もある「糧」の字をあてることになったという。

台東区鳥越の下町にある一軒家にここのつがある。1階のダイニングには5席のテーブルが並び、その奥に台所がある。棚には溝口さんが好きな器が並ぶ。

 

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撮影/大平正美 取材・文/江六前一郎

溝口実穂さん
1991年、埼玉県生まれ。幼い頃から祖母の影響で菓子作りに興味を持つ。食物栄養科の短期大で栄養学を学ぶ。東京と京都の和菓子屋に勤めた後、23歳で菓子と茶のコースを提供する完全予約制の茶寮「菓子屋ここのつ」を始める。2020年には初の共著『茶と糧菓 喫茶の時間芸術』(安藤雅信・溝口実穂共著、小学館)を上梓した。

菓子屋ここのつ
住所:東京都台東区鳥越1-32-2
電話番号:非公開(問い合わせはe-mail:9mizoguchi@gmail.com)
営業時間:茶寮 昼の部:13:00~15:00、夜の部:17:00~19:00
定休日:不定休
Instagram:https://www.instagram.com/_____9__/
サイト:https://9-kokonotu.com/
※茶寮の予約などは、「菓子屋ここのつ」https://kokonotu.blogspot.com/をご確認ください。