「ふだんは裏方なので、こうやってお話しするのはあまり慣れていないのですが……」。そう遠慮しつつインタビューに応じてくれたのは、料理&インテリアスタイリストの佐々木カナコさん。器もクロスも一見何気ないセレクトながら、写真にすると料理の表情がぐっと引き立つ。そんな絶妙なコーディネートに、多くの料理家が信頼を寄せる存在です。
ふだんの仕事のスタイル。撮影で料理はしないので、エプロンは腰のところで前身頃を内側に折り、水などが跳ねやすい下半分を厚くして巻く。ベルトにはトルション(ふきん)を必ず挟んで。エプロンはパリのセレクトショップ「Merci」オリジナルの、麻製のものを愛用。
「料理家」黎明期を目にしてきた、アシスタント時代。
佐々木さんがインテリアスタイリストのアシスタントとして働き始めたのは、1990年代。ライフスタイル誌の創刊が相次ぎ、料理の世界にも新しい波が生まれようとしているときでした。
「それまで雑誌では、有名店の料理人や料理学校の先生のレシピを紹介するのが主流で、一般にはあまりなじみがない料理も多かった。そこに、もっと身近でおいしい料理を作れる人を紹介しよう、という動きが出てきたんです」
その中心を担っていたのが、今も佐々木さんの〝心の師匠〟である先輩スタイリストの千葉美枝子さん。
「当時は編集者とスタイリスト、そのまわりの人々が一丸となって雑誌を作っていた。有元葉子さんなど、いまやカリスマと仰がれる料理家たちを無名のうちに見出して、いち早く編集者に紹介したのは千葉さんでした。『料理研究家』という言葉が生まれたのもこの頃だと思います」
親しみやすいけれど目新しくておいしいレシピはすぐに多くの女性の心をつかみ、メインストリームへと発展していきます。
「その頃から、料理に合わせる器の提案も変わり始めました。高価な古い染め付けやヨーロッパの一流ブランドではなく、シンプルで料理の世界観に沿うものを、スタイリストたちが徹底的に探して取り上げた。器ブームも、そういところからじわじわと始まったのでは」
その流れとも相まって、料理家はスタイリッシュな暮らしぶりでも注目される存在になっていきます。
「そのきっかけを作ったのもやはり千葉さんをはじめとするスタイリスト陣でした。ここから、おしゃれな料理家がどんどん登場してきた。同時に、料理家と編集者、カメラマン、デザイナー、スタイリストみんなで話し合いながらひとつの空間を作り上げるというスタイルが確立したのだと思います」
千葉美枝子さんが関わり、いまも参考書として大切にしている書籍。20年以上前のものもあるけれど、いまなお色あせない新鮮さ。左の藤野真紀子さんのレシピ本のシリーズは、イギリスやフランスで撮影を行ったことはもとより、料理家のポートレートを表紙に掲載したことが大きな反響を呼びました。
熱意ある料理家の仕事を、間近で見られる幸せ。
先輩たちについて仕事をこなしながら、料理家という職業と、家庭料理ブームの走りを目の当たりにしてきた佐々木さん。その後独立し、20年以上にわたって多くの料理家たちとともに仕事をしてきました。
「熱意のある料理家さんとの仕事は本当に楽しいです。料理の話をきちんとしたいので、撮影で知った一品や、気になる料理家さんのレシピはできるだけ自分で作るようにしています。すると分かるのですが、売れている料理家さんのレシピはやっぱりおいしい。何より、再現性が高いんです。それだけ試行錯誤されているんですよね」
そうしたことを実感するたびに、「スタイリストは料理家さんの仕事を近くで見られて、おいしさを直に知ることができる幸せな立場」といい、こちらも良いコーディネートを提案しなければ、と気持ちを新たにするといいます。
「私は料理学校で働いていた母の影響もあって、食べることは根本的に大事だと思っているんです。食べることは生きることであって、すごくプリミティブ(原始的)な営み。それを忘れず、料理の力が伝わるスタイリングを心がけていきたいです」