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少女小説と同時発売されたデビュー作

インタビュー
2019年02月14日
お菓子研究家として、スイーツやデザートのレシピ本のほか、料理やラッピング、エッセイ、絵本など、個性的かつバラエティ豊かな書籍を手掛けている福田里香さん。料理家の枠に収まらないそのユニークな活動履歴について、たっぷりお話を聞きました。 >>あの人気料理家も登場! これまでの記事はこちら

また、圧倒的な才能のある人を目の当たりにして、同じようにはできないとあきらめるか、自分もこうなりたいと前に進んでいくかはその人次第。当たり所が良ければうまくいくこともあるし、実際に先人を目標にプロになった人もいるのが現実だと付け加えます。
「その道でうまくいくかどうかは、賭けに近い。料理家だけでなくほとんどの個人事業主は、相手ありき。求められているから仕事になるわけで、自分ではコントロールできません。だから仕事を受けたら、また一度仕事をした相手から再度オファーが来たら、なぜ依頼されたかのか、どこが評価されたのかを、真剣に考えるのが得策。ザイルとピッケルで海は渡れないし、浮き輪と望遠鏡で山は登れないように、背中についている自分の装備が一番見えづらい。だから、自分を客観的に見つつ、近視眼的に一生懸命やること。私も、一点を見るのと広く見るのを、交互に繰り返しています」

仕事は、常に目標が変わる持久戦

自身が著者になり、初めて本を出したのは1994年。文庫サイズでも魅力にあふれていた『キッチンへおいでよ』を見て、ソニー・マガジンズ(現エムオン・エンタテインメント)から同じ判型での出版オファーを受け、2本提出した企画がどちらも採用に。こうして、1~12月の季節の果物を使ったデザートとお菓子のレシピを紹介した『果物の手帖』と、A~Zで始まるお菓子を紹介する『お菓子の手帖』の、2冊の福田里香さんの作品が発売されました。
すると翌年、文化出版局から声が掛かり、念願のハードカバーのレシピ本『オレンジとレモンのお菓子』(文化出版局/1995年初版発行)を出版。福田さんは高野に在籍中、こちらの出版社にハードカバーの果物のレシピ本を提案したことがありましたが、実績のあった著者と企画がバッティングし、出版には至りませんでした。その夢が、数年越しで叶うことに。
「実は料理家として活動する前に、編集者として書籍出版にかかわっているんです。高野の先輩だった久保直子さんの『チェリーレッド クッキングブック』(白馬出版/1992年初版発行)という本で、産地のアメリカ・ミシガン州にも取材に行って、写真を撮り、イラストも描きました。高野でお中元やお歳暮のカタログを作っていたから、本を作るにはどうすればいいかを、ある程度わかっていたんです。だから、『キッチンへおいでよ』の企画を出したときも、絵コンテを3時間で作ることができた。でも、同じ時間でマンガのストーリーは書けません。これが、仕事になるかならないかの違いですね」

また、それをずっと続けても疲弊することなく好きでいられることも、仕事にできるかどうかの分かれ目。やりたいこととできることは違うけれど、できないことに嫌々取り組んでも長続きはしません。仕事は、全力で取り組んで一生に一回達成すればいいものでもない、と福田さん。無理なことはやめ、頑張ったらできる範囲のことをするのがコツだと話します。
「私には“何にでもアタックしよう!”という人並み外れた前向きさがあるわけではなく、鶴の恩返しのように毎日身を削って頑張れるタイプでもない。だから、すべてにおいて同じくらいの努力をして、“やったら楽しかった” “やってみたらうまくできた”ことを続けてきました。誰かの反応に喜びを感じたり、誰も見てなかったとしても楽しめたり。私は、料理やスタイリングのほかに、編集も、イラストも、やっていいなら全部やる。出し惜しみせず、全力を尽くしてきて、今があります。仕事だからどれも大変だけど、心が折れるほどつらくはなくて、のど元過ぎればまたやりたくなるというのがちょうどいい。マラソンのイメージですね」

自分らしい方法で、伝える力を身につける

フリーで活動する料理家なら、自分の魅力を相手に伝え、できること・やりたいことを理解してもらう説得力も大切。そのために、雄弁であることや高い社交性は武器になりますが、それに代わる方法はいくらでもあると福田さん。
「今はネットでいくらでも発信ができるし、口数が少ない人の言葉の重みや説得力もある。私の説得方法は、イラスト入りの設計図になる絵コンテです。ブログ全盛時代はスキップしましたが、ツイッターやインスタグラムはやっています。流れにのるからのらないかは、自分で決める。また、ソーシャルメディアにも適正があって、インスタグラムでは1,000を超える “いいね!” がつく投稿も、ツイッターだと18 “いいね!” くらいだったりする。ツイッターでは、料理がものすごくおしゃれである必要はないけれど、面白いことを書けなくちゃダメ。向いているならYouTuberになるのもいいし、自分に合った方法を見つけてほしいですね」
誰にも似ていないことが強みになるフリーランス。他人とプロフィールが似ていたら、いつまで経っても誰かが断った仕事のオファーしかありません。だから、自分のスタイルを自分で作り上げる心構えが必要だと、福田さんは続けます。
「個性は簡単に変えられないし、変える必要もない。私の場合はですね、自分の作ったお菓子や料理を試食してもらうのではなく、絵コンテを見せて編集者にOKをもらってきました。もちろん、料理教室やケータリングの料理を食べてもらったことがきっかけで本を出した人もいますし、入り口はいくらでもある。都心に住んでいなくても、地に足を付けて生活し、子どもをちゃんと育てている人の料理が知りたいという需要もあると思うし、それが売りになる。そうしないと、“裕福な家に生まれて、いろんな国で食べ歩きして、料理留学していたら私だって”って、うじうじし続けることになりますから」

料理学校に通わないまま料理家になった福田さんは、自分の適性を見極めながら、さまざまなことを取捨選択してきました。
「自分の食体験、そして料理に関する本を読むことで、引き出しを増やしました。もし、調理の学校や大学の家政学部で学んでいないなら、一冊くらいは料理の歴史や家政学の本を読むのがおすすめです。歴史の大きな流れの中で料理がどう築かれてきて、どういう先達がいて、今自分がどこにいるのかがわかれば、ある程度の未来予測ができるようになりますよ」
それでもまだ不安がある料理家の卵に向けて、自分の持ち味を活かす意識の持ち方を、教えてくれました。
「圧倒的な才能というのは確かにあるけれど、大事なのは“総合力”。私なら、少し得意なのはお菓子作り、絵、文章、そしてビジュアルをイメージできること。文章で芥川賞も直木賞も獲れないけれど、ちょっとずつ足りないものを合わせてひとつにしたら、仕事になるレベルになる。できることを円グラフのように埋めていき、それが正円になったら風船になり、ふわりと浮いて、お金をいただける仕事のラインに到達します。ちゃんと円になれば、それはどういう組み合わせでもいい。料理家なら女性に好まれるお洒落センスの持ち主だったり、音楽に詳しかったりするのも、円グラフの構成要素になりますから」

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撮影/平松唯加子 取材・文/江原裕子

福田里香(フクダ リカ)
菓子研究家。福岡県出身。武蔵野美術大学造形学部芸能デザイン学科(現・空間演出デザイン学科)卒業後、老舗果物専門店・新宿高野に勤務。独立後は、書籍や雑誌を中心に、イベントなどでも幅広く活躍。最新刊は民藝運動にまつわる88のお菓子を紹介した『民芸お菓子』(Discover Japan)。名作マンガをイメージしたお菓子のレシピとエッセイを収めた『まんがキッチン』(アスペクト/文春文庫)、マンガやアニメ、映画、ドラマなどの食のシーンの法則を綴ったエッセイ集『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』(太田出版)など、著書多数。

2018年に出版した4冊のうちの3タイトルがこちら。左から、撮影スケジュールを決めず、主役の野菜が一番いい状態の日に料理し、福田さんがiPhoneで撮影まで手掛けたレシピ本『新しいサラダ』(KADOKAWA)。いちじく好きが高じて作った『いちじく好きのためのレシピ~ジャムにケーキ、焼き菓子、それからサラダやお肉と合わせる料理まで』(文化出版局)。インタビューでも紹介した、マンガ家の雲田はるこさんとの共著『R先生のおやつ』(文藝春秋)。

1994年に同時発売された初の著書、『お菓子の手帖』『果物の手帖』(ともにソニー・マガジンズ、現エムオン・エンタテインメント)は、思い出深いタイトル。「本ができた後、当時、東急百貨店東横店にあった(高級キッチン用品専門店の)ウィリアムズ・ソノマに売り込みに行ったんです。取り扱いにはサンフランシスコ本部の許可が必要で、見本誌を送ったらOKが出て、ウィリアムズ・ソノマの料理本と並んで店頭に置かれました。自分で行動するのは大事です」

20年以上愛用しているという「チェリーピッター」。ジャムなどの空き瓶にセットしてレバーを押すと、種だけが瓶の中に落ちる仕組み。果汁が飛び散ることなく使い勝手は抜群だそう。生のさくらんぼをたっぷり使う、チェリーパイやジャム作りの必需品です。